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2019年4月21日 (日)

演劇ユニットnoyR「ニーナ会議」若葉町ウォーフ

<2019年4月20日(土)夜>

 

チェーホフの「かもめ」に登場するニーナ。登場場面と登場しない場面で何を感じ、何を考え、何を決心していたか。恋人のトレープレフや作家のトリゴーリンに何を想っていたのか。

 

悩む以外に打算的なニーナや揺れるニーナも登場して、合計4人のニーナが登場。オープニングの寸劇を控えた突っ込み満載の気持ちから、変わり果てた姿を見せた後までが描かれる。どんなものかわからず観に行ったけど、堪能した。

 

4人のニーナが交わす会話とダンスパフォーマンスで描かれるニーナの心の揺れは、時代は昔でも、同じ年齢で同じ立場になったら同じように迷うよな、恋人や作家がにいろいろ想うとや、ととても身近で共感できるもの。作家のトリゴーリンと話すときに台詞ごとに4人のニーナが入替って揺れる心を描く場面の演出とそこに至る脚本の構成は見事。「魂が同じにおいがしない」といういい台詞があったけど、「かもめ」別の台詞をもじったか。とにかく全体に、「かもめ」を読みこんでそのエッセンスをニーナ、トレープレフ、トリゴーリンの3人で実現した印象。お互いをニーナと呼び合ってうるさい4人(笑)は前半からシリアスな後半まで熱演。一応ひとりだけ挙げるなら富岡英里子。あとトレープレフの仲道泰貴がたまに気になった。

 

すこし残念だったのは会場。手ごろな広さとその割に高い天井で、生演奏のピアノ伴奏も響く会場だったけど、遮音が弱くて外の音がよく入ってくる。オーディオの音が大きい車が通ったりするとまる聞こえで、またそういう車が何度も通る立地という難があった。

 

再演かつ座・高円寺の劇場創造アカデミー出身者ということでまるっきり外れにはならないだろうという見込みで観に行ったけど、個人的にはすごい楽しむと同時に勉強になった。大げさに言うとひとつの役を演じるときにはひとつの芝居が成立つくらい深く掘らないといけないし掘る余地があるということを教えてもらった。ただ、スピンアウト芝居としてはたとえば「ハムレット」からの「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」などもあるけど、スピンアウト作品の常として、原作を知らないと楽しみも半分以下という致命傷がある。自分はKERA版の記憶を頼りに観たけど案外なんとかなった。ただし今は新国立劇場で「かもめ」を上演しているので(実は新国立劇場と同日観劇を目指したけど失敗)、そこに合せた上演なら戦略的だし、偶然なら運を持っている。「かもめ」を観たばかりの人、芝居のベテランウォッチャーで「かもめ」をすでに観たことのある人にはぜひ拾ってほしい1本。

松竹製作「実盛物語」歌舞伎座

<2019年4月20日(土)夕>

 

平家の時代に源氏の子を身ごもる夫人を匿っている百姓家。源氏の仲間に連絡しようと出した娘は帰ってこない。そこに夫人の見回りに侍が来る。実は源氏贔屓の斎藤実盛は、産まれてくるのが男子ならその場で始末すると意気込む同僚の瀬尾十郎をなだめて追い返す。が、それを怪しんで隠れていた瀬尾に、出産したことをつかまれる。赤子が男子か女子かと詰寄る瀬尾に百姓夫婦が差出したのは、切られた女性の腕。さきほど川に流れてきたものを拾ったものだった。それを手掛かりに実盛は瀬尾を言いくるめて一度は切り抜けたものの・・・。

 

あっさり人が死んだり死ななかったり、入組んだ人間関係だったり、歌舞伎だけど小劇場的な要素満載の物語。筋だけ見れば陰々滅々な芝居になるところ、妙にさわやかでむしろめでたい仕上がりになったのは何と言っても仁左衛門の色気と華やかさ。そこはこんなインタビューが見つかった。たしかにこんなやり方もあるんだな、と納得させられた。

 

「演目によっては深く掘り下げなければいけませんが、こういう演目は、ご覧になる方にもドラマや理屈ばかりを追い求めるのでなく、歌舞伎独特の雰囲気というものを味わっていただきたいですね。歌舞伎には役者の華で魅せる芝居というものもあるのです」

 

それはそれとして、主要登場人物に話が集中しているせいか、役者を楽しむ見方もできる。全員いい感じだったけど、仁左衛門以外では特に瀬尾十郎の歌六がよかった。出番は少ないけど夫人の葵御前の米吉も声が色っぽかった。そして台詞の多い子役は寺嶋眞秀のクレジット、寺島しのぶの息子だ。

2019年4月16日 (火)

シス・カンパニー企画製作「LIFE LIFE LIFE」Bunkamuraシアターコクーン

<2019年4月13日(土)夜>

 

天体学者の夫と金融機関に勤める妻。子供を寝かしつけるのに苦戦している。そこにやってきたのは夫のボスとその妻。翌日がディナーのはずだったが1日間違えていた。しかたなくありもので間に合わせて応対するが。

 

この応対を3パターン見せるので「LIFE LIFE LIFE」。気の持ちようで人生が色々代わる人と、どの人生でも変わらない人生になる人との対比が脚本のメインかと思われる。でもそこをそんなに強調せず、喜劇を追求したKERA演出。これでもかと受ける客席もすごかったけど、昨今のKERAのぎっしり詰まった芝居からすると1時間半でかなりあっさりした仕上がり。全員いいのは言うまでもないけど、ともさかりえの、ほんのちょっと誇張した演技がものすごく魅力的ということに今さら気がついた。

 

四面客席の舞台を回転させながらなるべく全方面に見せようとするのは「バージニア・ウルフなんて怖くない」のときと同じ。その再演のために同じメンバーを集めたのが流れてこの芝居になって、確かに面白くて文句のない仕上がりだったけど、この豪華メンバーならやっぱり再演が観たかった。

 

あわせて気になったのは、一度は再演を発表したのに、数日で流れて、すぐにこの演目が代案として発表されたこと。別の企画のために上演権を獲得済みだったのかもしれないけど、あんなにすぐに、この4人にぴったりの演目が出てきたのはすごいこと。毎日1本は脚本を読むという辣腕制作者の見事な腕前だった。

 

<2019年4月16日(火)追記>

ネタばれに対して雑すぎた記述を修正。

松竹製作「御存 鈴ヶ森」歌舞伎座

<2019年4月13日(土)昼>

 

雲助の物取りがたむろする鈴ヶ森。そこでつかまった飛脚が命惜しさに差出した手紙にあったのは、故郷で人を殺めて手配になった白井権八の名前。捕まえれば褒美がもらえると一同が色めきたったところにやってきたのはまさにその人で、繰広げられる大立回り。そこに駆けつけたのが幡随院長兵衛。

 

菊五郎が白井権八で吉右衛門が幡随院長兵衛。落語その他でこの2人が有名になっていて、その出会いの場面が特に有名だからご存知という題名、という前知識も今は必要とされる時代。大立回りのところでいろんな切られかたをするところが見所。深いこと考えずに楽しんでくれや、という1本。

2019年4月10日 (水)

舞台美術家の島次郎が死去

ステージナタリーがコンパクトにまとまっているので申し訳ないけど全文引用。

 

舞台美術家の島次郎が悪性リンパ腫のため、昨日4月9日に東京都内の病院で死去した。73歳だった。

 

昨年2018年より療養しながら仕事を続けていた島。昨年12月に上演された斎藤歩演出「ゴドーを待ちながら」で担当作品が500本を迎え、今年19年2・3月に上演された木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」が最後の作品となった。3月28日には日本舞台美術家協会が主催するトークショーに舞台美術家の堀尾幸男と共に登壇し、30日には自身の作品集「舞台美術 1986-2018」が刊行されたばかりだった。なお通夜および告別式の実施に関しては未定となっている。

 

島は1946年4月6日生まれ、北海道札幌市出身。武蔵野美術大学を卒業後、舞台美術家として活動し、アングラ演劇、小劇場、大劇場など、さまざまなジャンルの演劇からオペラまで、多くの作品の舞台美術を手がけた。主な担当作品に竹内銃一郎、太田省吾、松本修、鵜山仁、栗山民也、鄭義信、高瀬久男、岩松了、丹野郁弓、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、松尾スズキ、長塚圭史らの作品があり、これまでに伊藤熹朔賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞選考委員特別賞・最優秀スタッフ賞、朝日舞台芸術賞、紫綬褒章を受賞および受章している。

 

結構名前を見かける舞台美術家だったわりに、手がけた舞台数は500本くらいと、人間が一生でできる仕事の数は実に少ない。木ノ下歌舞伎の「摂州合邦辻」は当日券が自分の前で売切れるという悲哀を味わったので、最後に観た美術はたぶん「女中たち」の回転する巨大な輪かな。

 

合掌。

2019年3月29日 (金)

KUNIO「水の駅」森下スタジオ

<2019年3月27日(水)夜>

 

人が来ては去る道の真ん中に、一本の水道がある。流しっぱなしのその蛇口から水を飲む人達の様子。

 

舞台奥から人が来ては水を飲んで去っていくのだけど、ある人は喜びある人は興奮しある人は亡くなる。元の脚本がどのくらいはっきりした解釈を持っているのかは知らないけど、たぶん何とでも取れるように意図されたのだと思う。自分が観た印象は生々流転を表したかったのかなと考えたけど、いろいろな解釈はあり得るし、解釈を許容する芝居だと思う。

 

普通の芝居だと舞台が客の気をそらさないような工夫をしているけど、これは客の集中力を試すような芝居。なのに体調へろへろな状態で観に行ったので、つらかった。沈黙劇とはどんなものかと油断していたらマニア度高い。自分にとって声と言葉の重要度を思い知らされた。これを楽しめるようになったらまた出直す

2019年3月26日 (火)

神奈川芸術劇場の芸術監督後任は長塚圭史に

ついこの間、全力の2019年度のラインナップを発表した神奈川芸術劇場ですが、早々に後任芸術監督の発表もされました。ステージナタリーより。

 

長塚は4月1日から2年間にわたり芸術参与を務めると共に、次期芸術監督予定者となる。14年から劇場のアーティスティック・スーパーバイザーを務め、16年に芸術監督となった白井は、「スーパーバイザーになったときは劇場のことが何もわからず、芸術監督として方向性を打ち出すまでに2年かかった。21年度以降は新しい監督に立ってもらいたいと思いましたが、準備に2年かかった経験があったので、長塚さんに19年度から参与をお願いした」と長塚の就任経緯を語った。

 

事前に参与に就任して準備するのは新国立劇場の小川絵梨子と同じスタイルですね。なお新国立劇場は一期が4年の任期ですが、

 

白井は「2021年には僕は63歳で、もし2期目を務めたら68歳。そんなおっちゃんがやってどうすんねん!と思う」

 

とあるので、任期は一期が5年のようです。

 

ところで芸術監督(候補)の人材は貴重です。表向きの仕事は劇場の方針を打出してラインナップを決めることですが、それ以外にというかそのために、演出家として面白い舞台が創れる能力を持つこと、ラインナップに沿った招聘を実現できる業界コネクション、集客力、そして自分の方針を周囲に納得させる政治力が求められます。それらがうまくいかず、鵜山仁が新国立劇場の芸術監督を一期追放の憂き目にあった例もあります。長塚圭史についてはコクーン歌舞伎の演出助手を務めていたので串田和美が(まつもと芸術劇場やシアターコクーンの)芸術監督後任に目をつけているのかなと思っていたのですが、白井晃にさらわれました。

 

後任探しにはその劇場で上演してもらうのが一番で、その目で眺めると新国立劇場は今期どころか宮田慶子時代から次の次を狙って種をまいているように見えます。新劇系が多いですが、それは芸術監督の系譜を考えたらしょうがない。小川絵梨子がいきなり見つかって引受けてもらえたのは豪腕と幸運のなせるわざで、二期8年は固い。神奈川芸術劇場も長塚圭史がチョンボをやらなければ二期10年はいくでしょう。東京芸術劇場の野田秀樹は実績十分の絶好調で終身芸術監督の見込み。さいたま芸術劇場の蜷川幸雄の後任は劇場と縁の深いホリプロつながりということもあったかどうか、吉田鋼太郎に決まって間がありません

 

他に首都圏の国公立劇場で芸術監督を置く劇場としては、世田谷パブリックシアターと座・高円寺の2つがあります。ただ野村萬斎はまだ50代、狂言分野の家元一族後継者、オリンピックの総合演出までやる知名度を考えると、終身とは言わないまでもまだまだ続きそう。となると、初代世田谷パブリックシアター芸術監督にして今の座・高円寺の芸術監督の佐藤信が、高齢もあって今後どうなるか注目です。ここは劇場創造アカデミーというコースもあるので、就任者によっては化ける可能性がある。いや佐藤信には長生きして活躍してほしいのですが、一方で他の芸術監督劇場と比べて、なかなかカラーが打出せないように客の目からは見えるので。

 

昔はKERAがどこかの芸術監督の後任に就任するのではないかと思っていましたけど、今の活躍と年齢を考えると今さらに思えます。誰か候補を挙げろと言われたら、新劇系統なら新国立劇場で演出したことのあるあの人やあの人、他なら青年団出身者の岸田國士戯曲賞受賞者のあの人やあの人やあの人を挙げます。

 

なんで私はこんなに芸術監督ウォッチしているんでしょうね。別に人事が三度の飯より好きということはないのですが。ただ、芸術監督の手腕如何で面白そうな芝居が増えるという事実を目の当たりにしているので、一観客としても気になる内容なのは事実です。

2019年3月24日 (日)

緊急口コミプッシュ:燐光群「あい子の東京日記 / 生きのこった森の石松」ザ・スズナリ

感想はこちら。2本立てで勧めたいのは「あい子の東京日記」のほうなので、鴨川てんしには申し訳ない。

 

その「あい子の東京日記」は、仮に再演されるとしても、もっと慣れた感じになる前、このタイミングで観たほうがいいと思う。地味といえば地味だけど、派手か地味かより質の高低を求めるような人には強く勧めたい一本。昨今のチケット高騰の中では比較的安いし、なにより書いている時点であと1日2公演しかないので迷ったらぜひ。

 

あと燐光群はこれをきちんと映像込みの記録を残しておいてほしい。毎公演ビデオ撮影くらいしていると思うけど、ぜひ。

燐光群「あい子の東京日記 / 生きのこった森の石松」ザ・スズナリ

<2019年3月23日(土)昼>

 

燐光群の中山マリが、母で作家の中山あい子が書いた「私の東京日記」を元に、母と自分の生活を語る「あい子の東京日記」。森の石松が現代でおでんの屋台をひきながら客と語る中に様々なエピソードが語られる「生き残った森の石松」。

 

2本立て。最初のタイトルとは順番が入替わっていたのでその順で記載。「あい子の東京日記」が不思議な雰囲気で抜群に引きこまれる。これですべてではないけど今なら話せそうなところまで話してみました、という奥ゆかしさにあふれる仕上がり。一人芝居(劇中劇の場面では援軍が入る)を引張った中山マリの、子供劇団から役者を続けていたという実力も堪能。母と娘の演じわけが、そんなに素早くないメガネの有り無しというベタな方法を律儀に続けていたけど、それすら雰囲気。珍しい経歴で育って母と過ごした娘が、大きくたくましい母が娘をよく見て書き残した本を通じて演じてみせることによって(ややこしい)、人生と母への愛情が伝わる一本。これは中山マリが元気なうちに再演されるべき名作だと思うけど、書いている時点であと1日2回公演しかなく、再演される保証もないので、間に合えばお勧めしたい。

 

一方「生き残った森の石松」は、当日パンフによると森の石松モノの名場面を元に構成したとのこと。残念ながらその知識が皆無だったので、設定を理解するまでに時間を要した上に、その理解の前に現代の風刺ネタが混ざったりしたので、かなり混乱した。これはひょっとしたらメイン上演の「九月、東京の路上で」を観たあとに観たほうがよかったのか。

パラドックス定数「Das Orchester」シアター風姿花伝

<2019年3月22日(金)夜>

 

ナチスが政権をとった直後のベルリン。世界を代表するオーケストラと、最高の音楽を要求してオーケストラに君臨する指揮者。民族の優秀さを示すため、またユダヤ人の追放を画策するため、オーケストラを支配下に置こうと工作を進めるナチス。最高の音楽のためには民族など関係ないと一蹴する指揮者だったが、時代の流れはそこまで迫っていた。

 

1年間7本公演の最後。固有名詞を出さないあたりが一種の作劇術なのかもしれないけど、オーケストラはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で、みんなからマエストロと呼ばれる指揮者はフルトヴェングラー(ここは「ヴ」を使いたい)。大学時代の初脚本をリライトして上演とのことだったけど、新作と言われてもわからないくらいこれまで観た事件モノの芝居とまったく同じ雰囲気。脚本家としての趣味はまったく変わっていない模様。

 

大勢の楽団員を率いる指揮者と国民を熱狂させたヒトラーを重ねたり、楽団員がいないと何もできないという指揮者のありようが演劇の演出家に重なったり、演劇は言葉を扱う芸術だからか簡単に扱えましたよというゲッペルスの言葉は日本も似たようなものだったり、音楽は抽象的であるがゆえに直接的であるという(元ネタがあるのかわからないけど)切れる台詞が出てきたり、扱っている話題がかなり奥行きを持っていてしかも狙ったものかどうか今の日本にタイムリー。国立つながりで、6月に予定されている新国立劇場の脚本にこれをぶつけたら面白かったのではないか。

 

その一方で直接的な表現かつヒロイズムに満ちた台詞が多い。これなら演技をもっとクールに振ってバランスを取ってほしかったところ、そこに付き合って甘めの演技が多かったのが残念。そんな中で指揮者の秘書を演じた松本寛子が気丈なところから絶叫まで見所を体現。ちなみに野木萌葱の芝居で女性登場人物を観たのはこれが初めて。今後も出てこない気がする。

 

今回も面白いけど、これは演出家が違うと化ける脚本なので、将来どこかの団体で上演してほしい。シス・カンパニーあたりでやってもらえないものか。

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