2018年4月 9日 (月)

シス・カンパニー企画製作「ヘッダ・ガブラー」Bunkamuraシアターコクーン

<2018年4月7日(土)夜>

有名な将軍の娘として生まれ、社交界の華としてもてはやされたヘッダ・ガブラー。父が亡くなって結婚した相手は次期教授の有力候補だが、新婚旅行中も新妻よりも学業調査に熱心で、しかも母代わりに育ててくれた叔母にマザコンの気がある。新居の手配をしてくれた判事からは事あるごとに言い寄られる。今後の生活を考えて倦んでいる新居に、学校の後輩が夫を訪ねてくる。家庭教師として務めていた、夫の友人でありライバルである男性が町に出たまま戻らないため呼び戻すのに協力してほしいという。夫はその頼みを聞き入れるが、その男性はかつてのヘッダの恋人でもあった。

初日観劇。ものすごい悪女の話と聞いていたし、確かにやったことはひどいけど、ヘッダの悩みに寄り添った、ヘッダの置かれた立場に同情的な演出だった。展開を端折り気味なところもあるけど、130年前の脚本なのに設定だけ置換えれば現代でも通じるような話で、さすが「人形の家」を書いたイプセンの脚本。やることなすこと食い違っていく後半の展開などさすが。

夫役の小日向文世と後輩女性役の水野美紀が初日から快調な仕上がり。ヘッダ役の寺島しのぶがやや固かったけど、これからよくなっていく気配十分。時代物なので衣装が丁寧なのも嬉しいポイント。細かいところで、庭のスペースを造るために横に回転しているのに廊下はまっすぐという美術の力技もよい感じ。まだ観ていないならここで一度は観ておきたい芝居。

不思議だったのは、休憩含めて2時間30分と劇場にも貼られていたのに、カーテンコール含めて終わってみたら2時間5分しか経っていなかったこと。何か理由があって直前で丸ごと飛ばした場面でもあったのかと疑われるけど、観た印象では展開は端折り気味でも特につながりに不自然さは感じられず。どうなんだろう。

<2018年4月10日(火)追記>

感想書いてから思いついたのは、イプセンは後輩女性のほうに新世代に「脱皮」した女性らしい行動力を描いて、ヘッダに旧世代の女性の絶望を体現する役割を振ったんだろうなということ。で、男性側は新世代が悲劇に見舞われて旧世代がなぜか居場所にはまって生延びるという皮肉な構造。いい芝居だった。

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2018年4月 3日 (火)

日曜日を捨てた公演スケジュールの理由が知りたい

青年座が3月23日金曜日から3月31日土曜日まで、ミナモザが3月21日水曜日から3月31日土曜日まで、という千秋楽日曜日を捨てた公演スケジュールをたまたま続けて見かけました。おかげで片方しか観られなかった、という恨み言はさておき、なんで日曜日を捨てるようなスケジュールを組んだのでしょう。ミナモザは後ろに木曜日金曜日で広島公演を控えていますが、青年座は東京公演のみ、しかも自前劇場の最終公演なので日曜日の上演には支障はなかったはずです。

似たような公演がないかと考えて、全公演を調べるのは無理なので、過去4年分の3月4月メモを見返してみました。2013年は3月31日が日曜日になるのでスキップします。

2014年:3月31日が月曜日
・パルコ・プロデュース「万獣こわい」2014/03/15-2014/04/08
・燐光群「初めてなのに知っていた」2014/03/16-03/31
・世田谷シルク「美しいヒポリタ」2014/03/27-03/31
・劇団☆新感線「蒼の乱」2014/03/27-04/26

2015年:3月31日が火曜日
・燐光群「クイズ・ショウ」2015/03/20-03/31
・俳優座劇場プロデュース「十二人の怒れる男たち」2015/03/25-03/31

2016年:3月31日が木曜日
・劇団☆新感線「乱鶯」2016/03/05-04/01
・ホリプロ企画製作「イニシュマン島のビリー」2016/03/25-04/10
・劇団東演「兄弟」2016/03/30-04/03

2017年:3月31日が金曜日
・シス・カンパニー企画製作「令嬢ジュリー」「死の舞踏」2017/03/10-04/01
・燐光群「くじらの墓標 2017」2017/03/18-03/31
・劇団☆新感線「髑髏城の七人」2017/03/30-06/12

燐光群が4年間で3回、3月31日千秋楽の公演を行なっています。俳優座と世田谷シルクも1回だけですけど似たスケジュールです。パルコは2月決算なのでここでは気にしません。また新感線は4年間で3回、3月をまたいで上演しているようですが、ヴィレッジの決算期が不明。劇団東演もまたいで上演しています。シス・カンパニーは何とかして4週間確保して黒字にすると書いていたのに日曜日を捨てていますが、これはシアターコクーンの上演だから次が詰まっていた可能性があるのと、毎日2本公演していたのでまた事情が変わりそうです。何となく、老舗の劇団に3月31日千秋楽スケジュールを組む傾向が多いような印象です。

ひとつだけ思いついた理由は、年度末を3月に設定していて、同一会場の上演で年度をまたぎたくなかった、という理由です。会計処理が面倒になるのを避けたかったのでしょうか。公演単位で予算を立てると、チケットや当日物販などの収入だけでなく、役者やスタッフへの支払、劇場費の扱いなど、専任の会計士がいないと面倒になるかもしれません。あとは公演で事故が起きた際の調整なども。

しかし証拠がない。たまたま2018年が何か特別だったんでしょうか。うーんわからない。

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2018年3月31日 (土)

劇団青年座「砂塵のニケ」@青年座劇場

<2018年3月29日(木)夜>

大会社の創業家に生まれた女性。母は昔から仕事で忙しくほとんど家におらず、父については一晩の行き摺りの男で名前も知らないと教えられて育つ。そんな母への反発から美術修復家の道を進むが、不倫相手の子供を中絶した挙句に自殺未遂を計る。そんな中、一家と長年付合い美術修復家の道を世話した画廊の社長から、一枚の絵の修復を持ちかけられる。かつて画廊が目を掛けていたが早くに亡くなった画家が、最後まで持ち歩いていたパリの風景画だという。画廊の手配で画家がかつて住んでいたパリの部屋に暮らし、画家の手がかりを探しながら修復を手がける。

青年座劇場はこれで建替えるとのことなので一度くらいはと観劇。化粧品会社を買収する上場企業の創業家の母娘で美術に理解がある、とかポーラ化粧品とポーラ美術館を想像する設定。これでもかと分かりやすく展開してくれる芝居としては珍しい脚本で、面白いことは面白かったのだけど、説得力に欠けたのが残念な1本。

先によかった点を挙げておくと、現在と過去のパリの場面。画家の綱島郷太郎、管理人の山野史人、プロフェッサーの松川真也、先輩修復家の野々村のんなど、観ていて芝居世界が広がる演技で、こんなに芸達者な役者をまだ認識していなかったことが悔やまれる役者陣。そこに自由さを感じさせる雰囲気と、登場人物や重なる場面による展開で、特にアパートの舞台が重要なのだけど、回り舞台を駆使して遺跡の柱を混ぜつつもアパートの部屋に仕立ててこれを成立させた舞台美術の功績大。これが展開できるのだから自前の劇場としては贅沢。

残念なのは現在の場面の、特に母娘。増子倭文江は昔のパリの場面での出来がよかった分だけ現在の場面が追いついていない。創業家の娘にして上場企業で海外の化粧品会社まで買収するような大企業の社長らしさを感じられる場面がなかった。ずいぶん時間に融通が利きそうな印象だったけど、創業者の娘だとしてもそれはない。脚本だけど、いまどき買収の記者会見に社員でもない娘を同席させるとかありえない。あと主役の娘を演じた那須凜。劇団の育成方針か演出家の賭けか、抜擢らしいけど仕上がりは追いつかず。大企業の創業家に生まれて父の不在に悩む面、不倫相手の子供を中絶して自殺未遂を起こす面、美術の道に進みたいと言う程度には美術への興味もあこがれも審美眼も持っている点、そもそも脚本の時点で全部そろえるのはかなり無茶な設定だけど、その無茶に説得力を持たせるのが主役の仕事。周りに芸達者が揃っていた分だけつらいものがある。

あと脚本の分かりやすさも、芝居ならもう少し不親切にしてもよかったのでは。サインの話が出てきたら次の場面で鍵となるサインが見つかるとか、詩の朗読場面の次に詩の本が出てくるとか、写真が見つかるホテルは島にひとつしかないホテルとか、情報の提示はもう少し離してほしいところ。テレビドラマだとそういう提示が求められるのかもしれないけど、芝居でそれをやられると侮られた気分になる。他にもう少し主役を主役らしくさせてあげればというか、例えばサインをみたらこれは誰それとか言わせるような工夫もほしかった。

母娘の対立と、母と娘とそれぞれのロマンチックな話と、本筋の面白さはわかるので、脚本を見直して再演してほしい1本。

<2018年4月2日(月)追記>

多少単語を変更。あと松川真也演じるプロフェッサーがニケの歴史を説明する場面について下書きからのコピーミスで落ちていた。客席をルーブル観光のツアー客に見立てて解説させるのは、タイトルにもなっているニケについての知識を観客に伝えるためのよいアイディアだったし、この登場人物がルーブルのバックヤードに出入りしていてプロフェッサーというあだ名で呼ばれるだけのことはあるという説得力につながっていた。なによりニケ好きとしてはもう一度聞きたくなるくらいよい出来の場面だったことはぜひ記録しておきたい。

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2018年3月14日 (水)

小田尚稔の演劇「是でいいのだ」三鷹SCOOL(若干ネタばれあり)

<2018年3月10日(土)夜>

東日本大震災が起きた日の新宿駅近く。就職活動をしていた女子学生は面接が中止になった挙句に電車が止まって家まで歩いてかえる羽目になる。喫茶店で離婚届の書類を書いていた女性は埼玉に帰れずに公園で休んでいたところを、寝過ごして地震に気がつかず中野からやってきた学生に声を掛けられてカラオケボックスで休む。スマートフォンの調子が悪い会社員は仕事で六本木に来ている最中に地震に遭う。新宿の本屋で働く女性は入社2年目にして仕事に疑問を抱く。その日の話と、だいぶ経ってからの日の話。

東日本大震災に遭って大小の決断を下した登場人物たちを、カントの「道徳形而上学原論」とフランクルの「それでも人生にイエスと言う」とにひもづけて描く話とチラシに紹介されている再演もの。ここから引用した文章が芝居中に何度か読上げられる。前回と同じく、超スローな出だしに、一人語りが多いスタイル。多いどころか登場人物の2人は登場しない人物としか話さない。すごく地味な話だけど、やっぱり自分には面白かった。新宿近辺やさえない大学生やカラオケなど設定は前回と重なるところが多いけど(再演だから前回が重なっていたのだけど)、それも観ているうちに気にならなくなった。ただこんな学生演劇っぽい芝居のどこが気に入ったのか理解できていない。なので以下の文章もまとまりに欠ける。

似た芝居をしいて挙げれば自分の見聞の範囲ではチェルフィッチュが思いつくけど、「三月の5日間」の超ローカルな話を世界平和まで持っていく曲芸的なスケールの拡げ方に対して、こちらは東日本大震災を背景に持ってきながらそれは背景に留まって、個人が自分自身とひたすら対話して、もっとローカルに内側に向いて、少しだけ自分と上手く付き合えるようになる、格好良くいうと思索が深まるという話。今までの個人を応援する「物語」が、たとえば「ヒッキー・ソトニデテミターノ」ならマイナス100をゼロにしたり、「獣の柱」ではゼロを100にしたり、劇的に描いて振れ幅が大きくなっているところ、マイナス3がゼロに向かって動き始めるまでの細かいところを丁寧に描いた話。いい表現が思いつかないけど、平田オリザの芝居が「静かな芝居」なら、これは「小さな芝居」。

登場人物は自己評価が低かったり夫婦生活が破綻していたり今の自分に疑問を抱いていたりで、少なくとも最初から元気な人物は一人も出てこない。間が悪いことになる人物はいても悪い人物は出てこない。震災は発生するけどその後はイベントらしいイベントもほとんどない。たいていのことは独白で語らせてしまう台詞。登場人物間の関係も5人くらいなら全員がお互いに何か関係のありそうなところ、北斗七星みたいな一本線の関係。それも場所や時間や小道具を調整しての、同じ芝居に登場させる意味があるのかというくらい薄くて細い線のつながり。結局本屋の女性は地震に遭ったのかすら覚えていない。これだけ書いてみたらこんなもの演劇でやる意味あるのかと思えるのだけど、やっぱり演劇になっている。独白だらけの台詞だけど、「ラインの向こう」のように説明調で嫌になるという感じではない。何が違うのか上手く説明できないけど、物語を進行させるのではなく場面として書かれていて、しかも登場人物本人の思考が定まっていないあたりに鍵があるのか。登場人物が頭の中で考えて話が止まらない調子が、小説を読んでいるような気分になる。振返ると、結構言葉は選び抜かれていたように思える。

もっともらしいことを書くなら。

ツールやルートが整備されてすぐに世界につながれるようになった現代(日本の芝居も結構世界に進出してきていますね)では、活躍する人たちの実力や実績はより身近に感じられ、しかも一般の人たち、要領の悪い人たち、最初に行動し損ねた人たちとの差は指数的に開いていく。これら出遅れた人たちは、あるいは自己評価が不当に低くなって自分を貶めるような心情に至ったり、あるいは出遅れたことに焦って行動するもそれが自分の希望に添わない立場に置かれたりする。モノを買ったり趣味に詳しかったり学歴があったり正社員で忙しく仕事をしたりすることが、よくも悪くも素直に自信や誇りにつながる時代は終わって、でもそれに代わって一般人が自信や誇りを得られるような手段は今の日本では見つかっていない。そういう時代にこそ、カントの実践理性やフランクルのような人生を前向きに捉える姿勢の価値を再認識してもいいけど、それを知らない一般の人間がそこに気がつくためには、大震災くらいの衝撃や混乱があってようやく、個人が個人として生きていけるような第一歩を踏出せるようになる、その瞬間を描いた話。

という感じになるのかな。全然違う気がする。フランクルの「それでも人生にイエスと言う」が出てくるのはまさかの引用で、自分の大好きな一冊。あの感じが演じられているから好きなのかも。こんな芝居であんなラストだから、やっぱりあの地震と同じ時期に三鷹で再演したかった気持ちはよくわかるし、それを観られたのはラッキーだった。何となく想像はしたけど、狭い会場を生かして最後の暗転がはまったのはきれい。

役者は前回出ていたメンバーと新しいメンバーで弱い微妙な感じを演じられるメンバーをよく集めている。前回に続いて駄目な大学生役の伊藤拓は面白い身体の動きが観られたのでもっといろいろな芝居ができる役者なのかも。ミニマム感あふれて前回とあまり変わらない舞台美術は予算がないのだろうなという推測。この前観たのが「演劇部のキャリー」だからか、逆にこのくらいミニマムにしたほうが客に想像を強制していいかもと思わないでもない。照明は会場付属の機材に1点の工夫(ミラーボールではない)。そんな中でも音響にまともな環境を投入しているところは好感。

あともったいなかったことをいくつか。

演出。イベントがないわけではなくて、その数少ないひとつに帰宅途中で見かけたペットを亡くした女性とそれをはげます酔払いという場面がある。あれは酔払いにカントを重ねるのも、実家への不安を煽るのも、もっと掘れた。初演のダイジェストがYouTubeに上がっていて、確実に今回のほうが方向が定まっていい仕上がりだったけど、まだいける。

客席。狭い会場で客席数を稼ぐためか、コの字型の客先でさらに舞台上手奥に音響オペを配置するという大胆なレイアウト。音響オペをやったメンバーは目立たないように気配を消していたけど、この狭さだと他の客が視界に入る。あと観ていた感じでは下手の席が割りを食って、役者の後姿が多くなっていた。あれなら下手の椅子を上手に動かしてL字でやれば観やすくて演じやすかったのに、なぜ難しい囲みレイアウトにあえて挑戦したのか。梁があって照明器具が分散されていたのでやむなくか。

あと前回もあった客いじり。この地味な雰囲気の芝居には似合わないし、超少人数の客を相手にやっても盛上げるのは難しいので止めたほうがいい。

最後に上演時間。上演予定時間2時間半に対して終わったら2時間45分というのは夜の回だと三鷹からの帰宅には結構つらい時間帯。あの弱さを作るのにスローなテンポが一役買っているのは確かだけど、その分上演時間に効いている。都心部からやや遠いので平日に15時19時上演ってスケジュールはわかるけど、週末なら13時18時または14時18時のほうがありがたかった。

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2018年3月 1日 (木)

カオルノグチ現代演技「演劇部のキャリー」OFF・OFFシアター(2回目)

<2018年2月28日(水)夜>

おかわり

この時間に観られる芝居があまりなくて、昼間に観た芝居が重たかったから重い芝居を続けて観たくなくて、長い移動も嫌で、芝居以外の選択肢を取るには遅い時間帯で、帰ろう。と考えた瞬間に思いついた選択肢。同じ芝居を2回観ることはほとんどないのだけど、1回目がものすごく楽しかったのと、あのライブ感あふれる演技がどこまで作りこまれていたのか気になっていたのもあって下北沢へ。開演前のオクイシュージの口上、「今宵このとき数多の劇場で幕が開く しかし野口 幾千幾万の芝居の中で 俺はこの芝居を一番にしてみせる」だったか(適当)、あれでぐっと引込むようになっているのに今さら気がついた。格好いい。

違っていたのは気がついた範囲では
・前座でカーテン開けすぎとか喉が冷えるとかこれで学校公演1ヶ月くらいやりましょうよとかそういう細かいやり取り
・エチュードで脱いだミッキーへの突っ込み
・エチュードで先輩がミッキーにやらせる適当なストーリー(適当なところで止めた野口かおるにオクイシュージがまだ続きがあったんだけどねと返すと、え、そうだったんだと素に戻りそうになる細かいやり取りは面白かった)
・エチュードと稽古(だったか?)で客席にまで行こうとすること2回
・観覧車の場面で誤解したミッキーを抑える先輩の場面(口がキスのミッキーを手でがっちり押さえる形から頬を付けながら話す形に)
・結果を聞いたミッキーの泣く長さが少し長かったかも
くらい。前座とエチュードの場面を除いたらほとんどない。掛合いが掛合いを呼んでライブ感を出していく面はあるだろうけど、それでもあそこまで作りこめるものかと感心しきり。

モダンな演技なら同じ感情を再現して違う動作で演じるものだと言う人もいるかもしれない。でも椅子2つしかないあの狭い舞台では場面を想定して肝の動きを決めないと観る側が混乱するし、何より作りこまれた脚本があのテンポを求めている。繰返すけど、作りこんだ中にはライブ感まで含まれている。再演で、脚本家が演出したというアドバンテージはあっても、適切な声とテンポをあそこまで突詰めて再現していたのはさすがプロ。ちなみに脚本家が演出した一番のアドバンテージは選曲ではなかったかと推測。

野口かおるの声は劇場の構造か距離の問題か、1回目の近距離観劇ではすごい高音が響いていたけど、離れて聞くと聞きやすかった。オクイシュージの声は、持ち直したけど前座と口上は喉が冷えたどころか滑舌が悪くて一瞬脳梗塞かもと疑ってしまうほど(ごめんなさい)。さすがに1回目のほうが声は出ていた。あのテンションを突っ込み側で一週間続けるのはさぞ喉も体力も消耗するだろう。

勉強になったし、何より2回目でも楽しい芝居だった。千秋楽だからカーテンコール3回までは予想していたけど、まさかスタンディングオベーションする人が出るとは思わなかった。でもその気持ちはわかる。

「Love Letters」みたいに他のコンビでも上演しても面白そうな脚本。年齢が高校生のダブルスコア以上が条件とか。昼間に観た岡本健一と中嶋朋子とかでも務まりそうだし、染五郎あらため幸四郎と松たか子の兄妹出演とかチケット代2万円でも観る。ただこのいい意味での小劇場感、部員が2人しかいなくて廃部になりそうな弱小部活からの一発逆転感はやっぱり今回のコンビのはまり役であり当たり役だった。

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世田谷パブリックシアター企画制作「岸」シアタートラム(若干ネタばれあり)

<2018年2月28日(水)昼>

生まれてすぐ母を亡くし、父は旅行に出かけたまま帰ってこないため、母の親族に育てられた青年は前衛映画の俳優もやっている。ある晩、父の遺体が見つかったため引取りに来てほしいと連絡が入る。父の遺体を母と同じ墓地に埋葬しようとしたところ、母の親族から大反対される。父の遺品のスーツケースから自分宛に書かれて出されなかった大量の手紙を見つけた青年は、他の人には聞こえない父の声が聞こえるようになる。母と同じ墓地への埋葬を諦めた青年は、亡命してきた父と母の祖国に埋葬しようと遺体と一緒に旅に出る。

」と同じ作者による、レバノンと思しき祖国での旅。不思議な脚本で、死んだ父親や、小さい頃に読んだ物語の主人公が、青年とだけ話せる形で登場するのはまあ演劇っぽい。それが祖国への旅以降、内戦で苦しんだ若者たちが、遺体の埋葬場所を探すのに賛成してだんだん集まって、その途中で親との悲劇を吐露して共有していく過程が、具体的なのに寓話っぽくて、カウンセリングのような展開を辿る。どうやら仲間内で案を出して作者がまとめるスタイルを取っているらしいけど、さすが「炎」と同じ作者による脚本で、その重い現実感とたどり着く果ての感じがさすがで見所多数。合流する若者の一人がアンチゴーヌと呼ばれる場面、国に対抗して個人の筋を全うしたと言いたいのだなというのはこの前観たばかりなのでわかった。

ただちょっと今回は「炎」ほど感心はしなかった。まず演出でいうと、1幕目の冒頭から3分の1くらい、えっ、と思うくらい誰一人として仕上がっていなかった。一人二役以上やっているのだけど、祖国の場面になってから見違えるようになって、ああこっちに注力するために捨てたなというのが透けて見えた。たぶん時間が足りない中での最善の判断を下したのだろうけど、結果だけ観る側としてはいただけない。あと脚本が、長いのはいいけど、ラストの場面はそれまで言えなかった残り全部を詰込んで明らかに長すぎて、さすがにダレた。勝手に切るわけにもいかないだろうけど、ここで終わってしまえという場面が3回くらいあったのは、観ていてつらいものがある。「約束の血4部作」の第1作らしいので、これが洗練されて「炎」につながるんだなという印象。あとスタッフワークはおおむねよかったのだけど、最後に結ぶあの小道具(ネタばれにつき内緒)が突然増えるあたり、こなれていない。全体に時間が足りない状態で洗練させる余裕がなかったんだろうと推測する。

脚本はどうしようもないけど、演出は千秋楽までに育つことを期待。

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2018年2月27日 (火)

2018年3月4月のメモ

書いてみたらマニア向けな芝居が多い。移動の多いシーズンだから敬遠されたか。

・木ノ下歌舞伎「勧進帳」2018/03/01-03/04@神奈川芸術劇場大スタジオ:一度観たいと思いつつまだ観られず、観られるかなあ

・TRASHMASTERS「埋没」2018/03/01-03/11@座・高円寺1:これもまだ観られない劇団のひとつ

・パルコ企画製作/松竹製作「江戸は燃えているか」2018/03/03-03/26@新橋演舞場:大河ドラマのスケジュールにあわせて西郷隆盛(の偽者)の芝居を企画する抜け目のなさはさすが三谷幸喜とパルコのコンビ

・まつもと市民芸術館プロデュース「白い病気」2018/03/07-03/11@神奈川芸術劇場中スタジオ:5月にはコクーン歌舞伎があるけど、そうではない串田和美の芝居もたまには観たい

・青年団+東京藝術大学+大阪大学ロボット演劇プロジェクト「ロボット演劇『働く私』/アンドロイド演劇『さようなら』」2018/03/09-03/10@浜離宮朝日ホール:「働く私」はすでに観たけどもう1本を含めて2本立てでちょうどよい、ただし金土という中途半端な日程で土曜日がすでに売切れ

・小田尚稔の演劇「是でいいのだ」2018/03/09-03/13@三鷹SCOOL:前回がよかったのでもう少し観てみたい2ヶ月連続公演の前半

・Project Nyx「奴碑訓」2018/03/09-03/18@東京芸術劇場シアターウエスト:寺山修司を一度くらい観ておくか今さらか

・精華高校演劇部・新座柳瀬高校演劇部合同東京公演「愛もない 青春もない 旅に出る」2018/03/13-03/14@シアター風姿花伝:オノマリコが関わっている企画らしいけどそれにしても今時の高校生が大阪から東京に遠征するなんてそこらの劇団よりよほど積極的ではないか

・ミナモザ「Ten Commandments」2018/03/21-03/31@こまばアゴラ劇場:瀬戸山美咲の再演もの

・ミクニヤナイハラプロジェクト「曖昧な犬」2018/03/22-03/25@吉祥寺シアター:これも一度くらい観たいのに団体のひとつ

・劇団青年座「砂塵のニケ」2018/03/23-03/31@青年座劇場:長田育恵の書下ろし新作を宮田慶子演出で

・無名塾「肝っ玉おっ母と子供たち」2018/03/28-04/05@世田谷パブリックシアター:仲代達矢出演

・中林舞ソロ企画「HAMARU」2018/03/30-04/01@三鷹SCOOL:以前観た芝居(これとかこれ)ではよい女優だった記憶があるけど今度は一人芝居

・松竹製作「通し狂言 絵本合法衢」2018/04/02-04/26@歌舞伎座:通しはいいなと思ったら午後の部で仁左衛門が一世一代にて相勤め申し候とのこと、悪人二役というとこの前の「霊験亀山鉾」が思い出されるので要チェック

・ナイロン100℃「百年の秘密」2018/04/07-04/30@下北沢本多劇場:初演は自分で絶賛しているけど全然覚えていないのでぜひもう一度

・シス・カンパニー企画製作「ヘッダ・ガブラー」2018/04/07-04/30@Bunkamuraシアターコクーン:まだ観たことのないイプセンの有名芝居を寺島しのぶ主演の芸達者で観るチャンス

・新国立劇場主催「1984」2018/04/12-05/13@新国立劇小劇場:小川絵梨子演出でディストピア小説の舞台だけど、大杉漣の代役は今のところ未発表

・小田尚稔の演劇「凡人の言い訳」2018/04/14-04/25@新宿眼科画廊スペースO:前回がよかったのでもう少し観てみたい2ヶ月連続公演の後半は一人芝居のダブルキャスト

・青年団・こまばアゴラ演劇学校無隣館「革命日記」2018/04/14-04/30@こまばアゴラ劇場:前回面白かったけど今回は無隣館メンバー多め

・神奈川芸術劇場/世田谷パブリックシアター企画制作「バリーターク」2018/04/14-05/06@神奈川芸術劇場大スタジオ、2018/05/12-06/03@シアタートラム:よくわからない芝居らしいけどそういうのが白井晃は大好きですよね

・城山羊の会「自己紹介読本」2018/04/17-04/22@シアタートラム:割と長く活動している印象があるけど再演は初だそうです

・パラドックス定数「731」2018/04/24-05/02@シアター風姿花伝:劇場が1年間サポートする対象に選ばれたそうで、過去作品7演目を1年掛けて上演する1本目

・ホリプロ企画制作「酒と涙とジキルとハイド」2018/04/27-05/26@東京芸術劇場プレイハウス:前回見逃した三谷幸喜の再演芝居

・月刊「根本宗子」「紛れもなく、私が真ん中の日」2018/04/30-05/13@浅草九劇:もっと観ておくべきなのに手が回っていない代表の根本宗子

他に宝塚歌劇団「ポーの一族」2018/02/16-03/25、劇団民藝「神と人とのあいだ」2018/02/24-03/10、KAJALLA「働けど働けど」2018/02/28-03/11@神奈川芸術劇場ホール、2018/04/11-04/22@東京芸術劇場プレイハウスなど持越し。

<2018年2月28日(水)更新>

4本追加、持越し1本削除。結果、3月後半の日程が集中して困る。

<2018年3月5日(日)更新>

1本追加。

<2018年3月11日(日)更新>

1本追加。

<2018年4月1日(日)更新>

2本追加。ナイロン100℃を見落としとか注意力散漫すぎる。

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2018年2月25日 (日)

カオルノグチ現代演技「演劇部のキャリー」OFF・OFFシアター

<2018年2月24日(土)夜>

部員が次々と退部して、本来ならすでに引退しているはずの3年生男子が1人と、後輩の女子1人の2人しか部員がいない高校演劇部。毎年の演劇大会を控えるが、2人で上演できる面白い演目が決まらない。いっそやりたいものをやる、という方針で映画の「キャリー」を元に上演することを決める。2人で盛上がって本気で県大会を目指す機運は高まるも、脚本が書けない、音響と照明は助っ人を頼めても部員がいないから美術までは手が回らない、偵察に行ったライバル校は面白い。大会が迫るなか連日の猛稽古。果たして結果は如何に。

狭い劇場で着替え以外ほぼ出ずっぱりの2人芝居。今時こんなテンションの高い芝居を上演しているのかという、いい年して学ランとセーラー服を着た役者が演じる青春部活物語。観ていて相当楽しんだ。これを見つけて観に行った自分のフットワークの軽さをほめたい。

入江雅人の既存脚本らしいけど、あえてベタとは言わない、ツボを押さえてテンポの良い展開と数限りないボケとツッコミ。いわゆるいい話だけど間違いなく勢いを要求される脚本。後輩女子の野口かおるが開演前からサービス満点のテンションで、それを全部拾っていく先輩男子のオクイシュージという役割。これがどちらもはまり役だった。今までほとんど出演作を観ていなかったけど、野口かおるってこんな爆発力のある役者だったか、去年の「絢爛とか爛漫とか」を観ておけばよかったと悔やまれる事態。そしてオクイシュージが真摯というか、脚本に尽くす演技でそれを支えていた。勢いはあっても勢いに頼らない演技力は確かなものだし、劇中劇もきっちり仕上げていたし、ちゃんと学ランとセーラー服が成立していたし、顔芸も面白かった。しいて言えば野口かおるの超音波のような声がたまに耳に痛いけど、高校生役ならあのくらいでないとなとも思う。

ちまちました芝居や小難しい芝居はいらん、何よりもまずエンターテイメントとして楽しめないと駄目だろ、という人にはぜひお勧めしたい今回の芝居。ただし当日券だと桟敷席になるのでその点は注意。最前列で迫力満点だけど、この劇場では最前列のありがたみは薄いし腰がきつい。事前調査では100分だったけどざっと110分だった。かといってあれでペースが遅いとも感じなかったので、前座芝居で時間を使いすぎたか。

カオルノグチ現代演技はこれが最初らしいので、ぜひ今後も続けてほしい。

<2018年3月1日(木)追記>

千秋楽も観たので感想をアップロード。

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ホリプロ企画制作「ムサシ」Bunkamuraシアターコクーン

<2018年2月24日(土)昼>

巌流島の決闘で勝利したものの、止めを刺さずに去った宮本武蔵。6年後、鎌倉で武蔵が建立を手伝った寺開きの最中に、怪我が癒えた佐々木小次郎が乗込んできて果合いを申し入れる。その日が修行の初日でもあったため、修行が終わる3日後に再度決闘することが決まったが、武蔵が策略を行なわないか見張るとの名目で小次郎も修行に参加して寺に泊まることになる。その3日間に起こる、さまざまな事件、そして決闘の行方。

2014年に観て以来2度目。前回とまったく同じキャスティングで実現。もともと上手な人たちばかりのキャスティングだけど、全員全然緩んでいなかった。他の舞台だと暑苦しさを感じなくもない藤原竜也の熱演もこの舞台だとしっくりする。今回は観てわかるくらい振付全般で動きがきれいと思ったら、殺陣(國井正廣、栗原直樹)だけでなく振付(広崎うらん・花柳寿楽)、能指導(本田芳樹)、狂言指導(野村萬斎)と動きをつけるだけで4パートもあった。狂言指導が野村萬斎とか、贅沢な布陣。さすが蜷川幸雄の舞台。

脚本全体への感想は初演と同じ感想。強者の立場の振舞を示唆して、弱者は納得いかないだろうと思う。けど芝居としてはこの上なく上手にできている。3時間の長さも苦にならない。全体にネタも快調な脚本だけど、すでにネタばれしている観客が多かったようで、剣術指南の場面は「ああこれこれ」みたいな中途半端な雰囲気になっていたのが残念。吉田鋼太郎が他の場面でネタを入れて飽きさせないように客席を転がしていた。スタッフワークも含めて仕上がりは文句なし。前回より磨きがかかってさらに上を行っていた。

もしもう一度上演するなら蜷川幸雄七回忌で4年後だと思うけど、やや高齢のキャストから同じキャスティングで観られるかどうか考え込むところなので、場所が苦にならない人は3月上旬さいたま芸術劇場の当日券を狙ったほうがいい。蜷川幸雄の演出からほとんどいじっていないし(音響を若干分かりやすくしたくらいか?)、キャスト全員がノっているので、蜷川幸雄を観たことない人には特にお勧めしておく。

なお音響オペの椅子には蜷川幸雄の写真が待機。この劇場で本番中に演出家がよく座っている位置ですね。

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2018年2月23日 (金)

ハイバイ「ヒッキー・ソトニデテミターノ」東京芸術劇場シアターイースト(若干ネタばれあり)

<2018年2月21日(水)夜>

引きこもりを外に出す支援センターで働く女と男。男はかつて自分も引きこもりだった経験があり、女の担当で外に出るようになってからセンターで働いている。現在担当しているのは、10年間引きこもって親が顔を見せると暴れる男性と、28年間引きこもって社会に出るためにきっちり振舞うことを勉強している男性。支援センターの持つ寮に入ることを親に提案し、本人にそこに入ってもらうまでがまず一苦労。

岩井秀人自身をモデルにした役が出てくるヒッキーシリーズの、3本目かな、自分はシリーズ初見。初演は吹越満が演じた役を岩井秀人本人が演じての再演。男の昔話を入れた3人というか3家族の話を描く。描かれる内容は面白くて笑わせるけど嗤わない。家族との関係が甘えにも支えにもなって、突き放したはずが上手くいって、安心したと思ったら悲劇が待つところの難しさ。

支援センターの女を演じたチャン・リーメイのプロとして諦めないけど適度に距離を取る感じと、元引きこもりとして他人との応対もいまいちな男を演じる岩井秀人の距離の近さとの差が生むでこぼこコンビがやっぱり核。終盤、引きこもりから外に出た初日にひどい目にあった男がその後に外に出られるようになったことを指して、なぜあの体験の後で外に出られるようになったのかわからない、引きこもりの人間が外に出たほうがいいと言えるのかと突っかかる女にわかりますよと男が返す場面、あの場面の良さを伝えたい。双方のそこまでの立居振舞を思い返させてくれる仕上がりだった。ただそれとは別に、古舘寛治演じる引きこもりの役。きっちりしていないといけないと信じて道を訊かれたときの練習をする場面、あれには心を打たれた。

ポップだけどとっちらかった小道具(でも全部活用される)をあしらいつつ、外に出られない役を囲いの中に、それを見守る家族を囲い美術の周囲に配して、枠の中に入っているかどうかを表す単純だけどよく出来た美術が見事。まったく切れ目無しで3人3家族の場面を切替ながら続けていく演出。あれはやっぱり高度な技術の粋なのではないかと思うけど、何が高度かわからないのは相変わらず。役者の切替かな。難癖をつければ、ラスト感が薄く終わってしまった最後の場面(音楽を使いたくなければ照明で変化をつけてもよかったのでは)と、相対的に出番が減って能島瑞穂を使い倒せなかったこと、両方のもったいなさ。

当日パンフに書かれていた文章が素晴らしかったので一部引用。本当、こういう芝居だった。時間があればもう1回観たかった。そして他のヒッキーシリーズをぜひ観たい。

「世界の正しさ(ありかた)に勝てない人達」
たぶん僕は彼らを、心の中でそう名付けていました。感覚として。でもそれはたぶん、間違っています。僕は外に出たから、そのことを盾に「勝てない人達」と言っています。
部屋の中にいた頃の僕は、外に出て楽しそうにしている友人達を間違いなく「世界に抗うのをやめた人達」と思っていました。
その両方を描く必要が、僕にはあると思っています。

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