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2022年12月 2日 (金)

Bunkamuraがアクターズスタジオを開校(ただし1年限り)

こんなのが発表されていました。公式より

【速報】シアターコクーンがつくる演劇の学び場、準備スタート。
COCOON PRODUCTION 『コクーン アクターズ スタジオ』

(2022.11.23)

渋谷に、演劇の未来を拓く若者たちのためのアクターズスタジオが誕生!!
主任を務めるシアターコクーン芸術監督・松尾スズキをはじめ、第一線で活躍するBunkamuraシアターコクーンゆかりの講師陣が指導を担当します。
レッスンは演技のほかに、歌やダンス、パントマイム、時代劇の所作など。実践も交えながら1年間のカリキュラムを経て、演劇で求められる様々なスキルの習得を目指します。
さらに、シアターコクーンのプロデュース公演へ出演のチャンスがあります!

続報は、2023年2月までお待ちください!!

COCOON PRODUCTION
『コクーン アクターズ スタジオ』

主任:松尾スズキ(シアターコクーン芸術監督)

レッスン期間:2024年4月~2025年3月の1年間
レッスン場:Bunkamura館内 他

募集資格:18歳~26歳くらい
※演劇経験の有無は問いません。
※プロダクションや劇団に所属している方もご応募いただけます。
募集期間:2023年4月~7月 予定

※講師、応募方法など詳細は後日発表します。

主催/企画・製作=Bunkamura

■Twitterアカウント:https://twitter.com/cocoon_a_s (@cocoon_a_s)

コクーンの名前が入っていますが、シアターコクーンは2023年4月から2027年度中まで休館です。これも公式より

このたび、「Shibuya Upper West Project」の開始に伴い、オーチャードホールを除き2023年4月10日(月)から2027年度中(時期未定)まで休館することとなりました。この間併せてBunkamuraも経年使用による施設の補修や設備の更新などを行うとともに、新築される施設との一体化に向けた改修工事を実施する予定です。
なお、当社はBunkamuraの休館中も渋谷を含め東急線沿線の周辺施設や東急グループ各施設などで文化事業を継続してまいります。また、オーチャードホールにつきましては日曜・祝日を中心に営業を継続いたします。

つまりぱっと見、暇な時期を有効活用する話です。なので継続事業でないのです。今のところは1年で終わる単発企画です。

そう、期間が1年です。これどうなんでしょう。突然思いついて以前調べたことがありますが、どこもカリキュラムは最低2年が相場です。演技重視の実践寄りだと毎日授業を詰込むのにも限界があります。

何となく、プロデュース公演のスカウトがメインで、それをアクターズスタジオと銘打ったんじゃないかと邪推してしまいます。それはそれで機会だとありがたがる人もいるでしょう。ただなんとなく、スタジオとか研修所とか銘打ったからには毎年募集して毎年卒業させる継続事業であってほしいと願ってしまいます。

邪推に思い込みを重ねて悶々とするのはよくないので、素直に来年2月の発表を待ちます。

2022年11月27日 (日)

松竹主催「平成中村座 十一月大歌舞伎」平成中村座

<2022年11月12日(土)夜>

入れ上げた花魁に見捨てられ家からも勘当された若旦那、かばった八百屋の主人から唐茄子(かぼちゃ)を売って来いと言われて始めて棒手振りに挑戦したはいいが帰りにひもじい母子を見つけてしまい「唐茄子屋」。隅田川で舟を待つ客が七福神に見立てた踊りを踊る「乗合船恵方萬歳」。

「唐茄子屋」目当て。元となった落語があるそうで、ハロウィンに掛けた演目。だから頭としっぽはものすごくしっかりした歌舞伎。演出のノリが派手でも宮藤官九郎でなくともいいのではという内容。中盤の花魁が忘れられずに吉原に入ったところが腕の見せ所で、子役活用まで含めてにぎやかに盛上げる。世話物の途中に小劇場を混ぜた展開。

配役が不思議だった。勘九郎の若旦那はわかる、駄目でも憎めない主人公を好演。七之助の花魁とお仲の二役もわかる、派手な花魁も苦しいお仲も真面目に役を突詰めた形で、しかも芝居に馴染んだ好演。子役2人も上々。

不思議だったのは他。まず荒川良々が盛上げ役のイントロやアメンボ役なんかもやるけど、メインの八百屋の主人をまっすぐな演技で大人計画では観られない役どころ。そして片岡亀蔵が蛙のゲゲコを超が付くくらい真面目に演じていたのが、観る側にはありがたい。素人考えだとこの2人は逆になると思いますけど、入替えてどちらも熱演でした。悪い意味で気になったのは、大工の熊の橋之助と大家の坂東彌十郎。上手いけど浮いていたというか、一人で役を作って演じて対話していないように見えた。

なんか歯切れの悪い感想なのは冒頭とか途中とかで引っかかったから。冒頭で荒川良々が「自粛自粛ってやってられねえなあ(大意)」と客席を煽ったところは、体調不良で中止の回に当たってチケットキャンセルになった身としてはそれなら体調管理しっかりやってくれよとか。途中で「金にならないことなら何でもできる若旦那」「これが不要不急(大意)」ところは、いやそういう商売だろう今さらかよとか。ここら辺に長らく実力脚本家の座を張る宮藤官九郎の反骨精神みたいなものが見受けられるんですけど、観たときの心境と合わなかった。

「乗合船恵方萬歳」は踊りづくし。七之助が一番キレのある、って表現が歌舞伎の踊りで適当かわからないけどキレがあってきれいに見えた。驚いたのは表情。ものすごくまぶしい笑顔で、さっきまでお仲をやっていた人がこれだけ違う表情が作れるのは、やっぱり役者ってすごいんだなと再認識。勘九郎の踊りはそこまでキレがないのだけど動きに愛嬌があって、若旦那役もそうだったけどあの愛嬌が色気に見える人もいるんだろうな。

あとは劇場というか小屋の話。ものすごく観やすい。シアターコクーンと同じくらいの規模で、このくらいの規模だと熱気が集まって盛上がりやすい。いい劇場だった。十八代目勘三郎にちなんで隈取が劇場内の18か所にあるって紹介されていたけど、3か所しか見つからなかったのは無念。

2022年11月 5日 (土)

2022年11月12月のメモ

また新型コロナウィルスが増える気配があります。

・KERA・MAP「しびれ雲」2022/11/06-12/04@下北沢本多劇場:「キネマと恋人」と同じ島が舞台の新作、これを書いている時点で11/11までの公演が新型コロナウィルスで中止

・松竹主催「十一月吉例顔見世大歌舞伎」2022/11/07-11/28@歌舞伎座:昼の部は新之助菊五郎で外郎売と幸四郎猿之助で勧進帳、夜の部の助六は菊之助仁左衛門に加えて後半玉三郎も出演、海老蔵改め團十郎が出なければ両方観たいけどチケットも売切れているしどうしたものか

・KAAT×城山羊の会「温暖化の秋」2022/11/13-11/27@神奈川芸術劇場大スタジオ:城山羊の会じゃないのと思ったら主催企画制作が全部神奈川芸術劇場だった

・インプレッション製作「管理人」2022/11/18-11/29@紀伊國屋ホール:小川絵梨子演出だしイッセー尾形も出るけどいまいち事前イメージがつかめない脚本

・世田谷パブリックシアター企画制作「建築家とアッシリア皇帝」2022/11/21-12/11@シアタートラム:岡本健一と成河の2人芝居だけどそこに文学座演出家の生田みゆきでさらに事前イメージがつかめない脚本だけど、世田谷パブリックシアターはよくわからないことにわりと挑戦するイメージだからその点はイメージしやすい

・Bunkamura主催企画製作「ツダマンの世界」2022/11/23-12/18@Bunkamuraシアターコクーン:松尾スズキが作詞作曲まで自分で手掛ける新作ミュージカルはねっとりした展開を予感させる粗筋

・シス・カンパニー企画製作「ショウ・マスト・ゴー・オン」2022/11/25-12/27@世田谷パブリックシアター:三谷幸喜の再演もの、今回の本命

・小田尚稔の演劇「よく生きろ!」2022/12/09-12/18@こまばアゴラ劇場:説明がいつも粗筋に触れなくて事前イメージがつかめない小田尚稔の演劇の新作

・座・高円寺企画製作「アメリカン・ラプソディ」「ジョルジュ」2022/12/21-12/26@ 座・高円寺1:前半3日と後半3日で演目を切替える毎年恒例の企画、「アメリカン・ラプソディ」も「ジョルジュ」も真面目な話とおしゃれなピアノや歌を両立させているので観て損のない演目

・公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ制作「ジョン王」2022/12/26-2023/01/22@Bunkamuraシアターコクーン、2023/02/17-02/24@埼玉会館大ホール:中止公演のリベンジだけどさいたま芸術劇場が改装中なので埼玉公演目当ての場合は会場に注意

他に平成中村座「唐茄子屋」が11/27まで、と書くのは新型コロナウィルスの公演中止に被弾したから。嫌な予感がしていたから10月に行こうとしたのだけど体調不良で二の足を踏んで11月の早い日程のチケットを取ったらくらってしまった。

2022年11月 4日 (金)

まつもと市民芸術館企画制作「スカパン」神奈川芸術劇場大スタジオ(ネタバレあり)

<2022年10月30日(日)昼>

港町ナポリで港湾労働者として日雇いをしつつ、頼まれたら嫌とは言えないスカパン。世話になっている町の金持ちのボンボンからは一目ぼれした女性と結婚した直後に父から許嫁を紹介されたと泣きつかれ、その友達の別のボンボンもジプシー育ちの女性に一目ぼれしたが金が用意できなければ相手の親から結婚が許されないと泣きつかれる。双方の父親から金を引出して解決してやろうと一肌脱ぐことにする。

モリエールだから古典芝居の範疇で、筋書きは現代劇に比べればシンプルなもの。だけど仕上がりは不思議な手触りの舞台で「K.テンペスト2019」を思い出す。いいものを観たとは思うのだけど、ちょっと普通のいい芝居とは種類が違う。

古典喜劇だけど素直に終わらない。ボンボンを助ける過程で口八丁が過ぎて折檻され、その仕返しをするもののばれる。金持ちの父親に殺し屋を差し向けられて、助かるかと思いきや事切れて終わる。助けたはずのボンボンたちは偶然の勘違いで結婚が認められてめでたくなるも、スカパンの怪我を気にせずに盛上がり、スカパンが倒れて幕になる。古典らしからぬ展開はモリエールの脚本通りなのか演出なのか迷うところ。

スカパンだけ見れば金持ちの都合に振回された挙句に報われない末路を迎える悲劇だけど、芝居にそこまでの悲壮感はない。この演出を自分なりに言葉にすると、劇場で芝居をしているのではなく「祭に呼ばれて小屋で上演するけど祭だから観に来た客を楽しませる演目を持ってきた旅回りの一座の芝居」みたいな雰囲気を出すのに注力していた。たぶん美術もそういうイメージで作っていたはず。串田和美がいつもそんな感じだけど。

それでいて演出が投げっぱなしではないんだなと思わされるのが特にラストの場面。包帯を巻いたスカパンを金持ち親子は笑って迎えるけど、周りの人間は「この人大丈夫か」って顔で遠巻きに眺めたり、依頼主の金持ちが殺し屋をねぎらう動作があったり、いろんな想いの人間が同席していた。こういう細かいところがリアル。

ただしそれ以外の場面はなるべく明るく描く。スカパンがひとりだけの場面でふてぶてしいところも描くけど、明日は明日の風が吹くし何かあっても何とかならあな、というおおらかさがある。「先のことばっかり考えて何もしないやつなんか大嫌いだよ」の台詞がすごく似合っていた。最近そういう話をあまり見かけないので古典なのにむしろ新鮮に見える。それで結局悲劇に終わるのだけど、真面目に生きたからって大往生できると保証されるわけでもなし、いっそリアルに感じる。

たぶん演劇に求めるリアルの勘所がいまどきの一般的なリアルとは違う。現代的なストレートプレイよりも、極端な衣装や化粧と客席を意識した派手な演出をしながらも観客の心をつかもうとする歌舞伎に近い。元からそうだったのか、コクーン歌舞伎を演出してそうなったのかはわからないけど。

そのスカパンを演じた串田和美。声が若干小さかったけどこの劇場サイズなら大丈夫だし、おっさんがおっさんを言いくるめようとするマシンガントークが台詞回しを超えた味だった。そして身体がよく動くこと動くこと。やられたり逃げたりででんぐり返る元気もさることながら、腰を落とした姿勢の決まり具合やスローモーションの滑らかさは保たれていた。金持ちをからかう食卓の小細工なんかも器用にこなして、まだまだ役者を続けられる感がある。あとあの表情がスカパンですよね。若手役者にはできない面構えです。

役者は大森博史とか小日向文世もよかったし、二世組もいい感じだったけど、脇にいい役者が揃っていた。特に従僕仲間のシルヴェストルの武居卓と、ジプシー育ちの女性ゼルビネットの湯川ひなが、役どころを押さえた役作りと今回の演出に合った大きい演技を両立。殺し屋になるカルルの細川貴司はスカパン以外ではひとりだけ芝居の陰を作るところをきっちり。若手に恵まれるのは、これまでの芝居人生が報われている証拠。

長々と書いたけど一言でいえばやっぱり、何かいいものを観たという感触が残る芝居だった。観てよかった。観に行ったのがたまたま大千秋楽で、カーテンコールで「5年くらいしたらまた」って言っていたから期待したい。

2022年10月17日 (月)

新国立劇場主催「レオポルトシュタット」新国立劇場中劇場

<2022年10月16日(日)昼>

オーストリアに住むユダヤ人の家族。迫害から逃れて暮らすウィーンで長男がキリスト教に改宗してまで努力して成功者になったメルツ家と、父母は田舎に暮らすが子供たちがウィーンに出てきてメルツ家の長女と縁戚関係になったヤコホヴィッツ家。交流の多い両家が、メルツ家でクリスマスを祝う1899年から、1900年、1924年、1938年、1955年を通じて、一族の歴史を辿る。

一言でいえば近代のユダヤ人の苦悩の歴史を描く話。だから重たいに決まっているのだけど、観ているこちらと、上演しているあちら側と、両方とも脚本に歯が立たなかった感がある。

観ている側の話をすると、2家族4世代にわたる家系の把握に失敗した。公式サイトに役者付きで家系図が載っていて(会場にも掲載あり)、ネタバレにもならないから、最初に目を通しておいたほうがいい。覚えなくても、2家族あって苗字を知っておくだけでかなり変わるから。

小劇場だと同じ役者が子役から老人役まで務めることが多いから理解の助けになるけど、今回は本当に子役が参加していたのでそれは叶わなかった。ただ本物の子役を使うことで場面単位では出来が上がるし、特に最初の1899年とラストの場面は子役を参加させた甲斐があるだけに痛し痒し。

あとレオポルトシュタットがウィーンの区のひとつで、ドナウ川の本流と旧流に囲まれた場所で、ユダヤ人が多く住む地域というのも前知識として知っていると役立つ。帰ってからWikipediaで調べて知るよりは先に知っておいたほうがいい。台詞から察するにそこから出世して裕福な地域に移り住んだのが今回の舞台なのかな。移民の多い地域みたいだから、わかる人にはウィーンのレオポルトシュタット出身というだけでたぶん苦労とか差別を想像させる材料になるんだと思う。

そしてもうひとつ。自分はユダヤ人の歴史に詳しくない。ユダヤ教とキリスト教との違いとか、パレスチナとイスラエルの話とか、ホロコーストに限らずもっと昔からヨーロッパで迫害された歴史とか、あとおそらく現代でもその手の差別が残っているであろうこととか。それをはっきり伝える芝居だけど、いきなり観て理解しろというのも難しい。知識でも経験でもユダヤ人のことを知らなさすぎる。

最初の1899年の場面で家長であるエミリアが写真に名前を書く場面、あれは日本でも似た感覚があるからそこをとっかかりにしよう、と思ったらエミリアが早めに退場して、そこから自分の理解が迷走した。ラストで脚本のトム・ストッパードが投影されたレオが「昔のことは知らない」ってはっきり言った台詞で、改めてとっかかりを見つけたけど、遅い。

日本人の自分がこれを理解するためには、1955年からさかのぼって1899年になってさらにもう2場、中心にいたヘルマンが改宗する場と、それより前のエミリアが迫害された子供時代くらいをくっつけて、やっと理解がかするくらいだと思う。ユダヤ人の歴史を理解するのに2時間20分では短すぎた。

で、おそらく上演している側もユダヤ人の歴史をそこまで理解できていない。台詞の拡がりに壁があって厚みや奥行きが出せていない。かといって、自分の人生経験と役者の想像力で戦うところまでもほとんどたどり着いていない。エミリアの那須佐代子と、ローザの瀬戸カトリーヌが最後に見せたくらい。手強い脚本で見かける、脚本負けした仕上がりの典型。異論は認める。

相変わらずスタッフワークは盤石で、特に張出し舞台に柱を載せて盆を回して奥行きのあるアクティングエリアと場面転換をつくりつつ減っていく家具で羽振りを知らせる美術と、時代によって変わる衣装とが、力作。

2022年9月23日 (金)

人格より前に能力と魅力が求められる業界の話

宮沢章夫が亡くなりました。ステージナタリーより。

宮沢章夫が、うっ血性心不全のため9月12日に東京都内の病院で死去した。65歳だった。
(中略)
宮沢は1956年生まれの劇作家・演出家・小説家。1980年代半ばに竹中直人、いとうせいこうらと共にラジカル・ガジベリビンバ・システムを立ち上げた。また、シティボーイズの作品を手がけたことでも知られている。1990年に遊園地再生事業団の活動をスタートさせ、1993年に「ヒネミ」で第37回岸田國士戯曲賞を受賞。主な著作に「東京大学『80年代地下文化論』講義 決定版」「時間のかかる読書」「ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット 第3集」「長くなるのでまたにする。」「NHK ニッポン戦後サブカルチャー史 深掘り進化論」などがある。

私が芝居を観始めた時期がその劇場活躍時期より遅かったので、脚本演出両方手がけたもので観たのは2018年の「14歳の国」1本だけです。遊園地再生事業団名義でおそらく最後の公演です。あとは覚えている範囲で「ひょっこりひょうたん島」が共同脚本でした。なのでほとんど接点はありません。

2018年はすでに早稲田大学の教授で、公演のあった早稲田どらま館の芸術監督の肩書もありましたが、翌年に稽古場で役者を殴って事実上のクビになりました。そのころのTwitterのいろいろはこちらでまとまっています。昔から暴れがちな人だったようです。岸田國士戯曲賞の選考委員も辞退して、あとはあまり表だった仕事はしていなかったはずです。

前提として、私は暴力沙汰は苦手です。仕事で殴られたら何はさておき辞めて逃げます。そのうえで。

「14歳の国」はよくできた芝居でした。1998年の初演から20年経っても成立する脚本だったし、あの公演自体もよくできたものでした。前述の引用に載っている通り、脚本に限らず本の執筆もたくさん手がけています。過去の演出でどの程度暴力沙汰を起こしていたのかはわかりませんが、芸能界や出版界で活躍できるだけの能力を持っていたといえるでしょう。

世の中にはいろいろな仕事がありまた業界がありますが、雑に分類すると「赤点を超えれば問題ない仕事や業界」と「満点を超えない成果には意味がない仕事や業界」の2種類に分かれます。芸能界全体でとらえれば後者です。格好いい演技でも上手い歌手でも面白いトークでも、なんなら有名という知名度でも、琴線に触れるだけのピークを出せているから客は金を払います。赤点をはるかに超えていたとしても満点に届かないものに客は金は払いません。少なくともそれが単体で成立するだけの金を引張れません。

また別の雑な分類では「継続的な安定供給が求められる仕事や業界」と「成果が繰返し提供できるので1回の大成功が求められる仕事や業界」があります。芸能界の中には両方あると思いますが、映像や本などコンテンツと呼ばれるようなもの、客が金を払うものはたいてい後者に当たります。客は面白そうと思えばこそ金を払います。

芸能ごと全般が、そういうものです。そして困ったことに、能力だけでは足りません。そこに一定以上の魅力がないと一銭にもなりません。魅力とは琴線に触れるだけのピークを出せる人や持っている人で、いわゆる「客が呼べる」というものです。そして客を呼べる人はつねに不足しています。

そういう業界だからこそ、客が呼べる立場の人が威張る余地があります。威張りすぎて嫌われて干す人もいれば、それが金になるならかばって働かせる人もいます。客を呼べるだけの魅力があればある程度のアウトローには目をつぶってもらえるという点で、そういう人達がより多く流れ込むサイクルになっているとも言えます。

昨今はインターネットが発達したことと世間全般にハラスメントという概念が膾炙したことで、不行跡が伝えられると魅力にダメージが入って謹慎に追込まれるようになりました。が、能力はまた別の話です。場合によっては歪んだ人格が能力や魅力を生みだす面もあります。が、経緯はどうあれ獲得された能力というものはあります。

俗に「作者と作品は別人格」といいますが、これは作品は独立して評価されるべきという話だけではありません。客を呼べるだけの成果を出せる人の人格がまともなわけがないだろうという話も含んでいます。周りにかける迷惑の度合いに濃淡があるだけです。

繰返しますが私は暴力反対です。だからと言ってつまらないものに金を出すつもりもありません。私に限らずたいていの人が同じでしょう。だから昔から世間では、芸能界や出版界は堅気じゃない、まともな人間のつく職業ではないと区別していました。今でもそう考える人は多いでしょう。それは差別と呼ばれるレベルの区別ですが、人格よりも能力や魅力が必要な業界ではそうならざるを得ないからです。

それが最近、堅気と業界との境が曖昧になってきました。またハラスメントのない創作および創作環境の追求を試みる活動も出てきました。宮沢章夫の暴力沙汰からの隠遁は、その過渡期の出来事と言えます。

その活動がどこに落ちつくのか、金を払いたくなるコンテンツが引続き提供されるのかは、芝居なり本なりに金を払ってきた客の一人として興味を持っています。

2022年9月18日 (日)

野田地図「Q」東京芸術劇場プレイハウス(ネタバレあり)

<2022年9月11日(日)昼>

源平両家が勢いを競う都で恋に落ちた、平の螂壬生と源の愁里愛。駆落ちが行き違いで心中になりかけたところ、未来の螂壬生と愁里愛が助けて一命を取りとめる。だが心中が美談となった都で2人は表立った活動を許されない。

初演も観て、なんか後半違うような気もするのですが思い出せません。相変わらず粗筋を書くのが難しい芝居という印象は共通です。ただ今回、初演のすっきりしなさの理由がなんとなくわかりました。ひたすらその言語化に務めます。

俊寛のオマージュとかクイーンの音楽とか、全部おまけと言って悪ければちょうどいいから選ばれた飾りです。名前が大事な時代だからこそ成立っていた「名前を捨ててやってきて」と願う有名なジュリエットのバルコニーの台詞、それが匿名が当たり前の時代になるとどうなるか。それを源平を舞台にしてロミオとジュリエットで前半、後日談で後半を描くのは、さすが野田秀樹の目の付け所です。

後日談のパートでは、匿名による相手への中傷と名を広めて相手を圧倒しようとする対立が源平の合戦に発展。偽名で戦に出陣したロミオが負けて捕虜になる。ここで一瞬だけジュリエットとすれ違うも、ロミオはスベリア(シベリア)送りになる。

過酷な環境で捕虜労働にこき使われ、無価値になった金による看守の買収も失敗する。耐えかねた仲間の一人がロミオの正体をばらして看守の買収を試みるも、すでにロミオの名前に価値がなかったため失敗。これで一命を取留めたものの、捕虜釈放のタイミングで偽名のロミオは名前がなかったため釈放にならず、最後には捕虜のまま亡くなる。

愛する人をロミオに殺されて復讐のために追っていたトモエゴゼ(巴御前)は、ロミオが亡くなったことを確認すると自分も力尽きる。

名を捨てたばかりに自分としての活動もできなくなり亡くなるロミオや、相手(の名前)への復讐が過ぎてその先につながらない巴御前。言葉遊びから引用から社会問題まで、いろいろな要素を取込んで匿名の行く末まで批判的につなげる一連の流れはまさしく野田秀樹調で、こういうのを観たいから野田地図を観るんだという会心の出来です。

ならば内容にも納得がいくかというと、そこが悩ましいところです。以下はこの芝居が現実社会への批判を込めているという前提に立って、批判対象の現実社会の理解が私の理解とずれている、という話です。

ひとつは名を捨てたに掛けた匿名の扱い。ロミオの最後は捕虜のまま野垂れ死にです。名前を捨てて活動した個人の哀れな末路、と見えます。そして源平の対立で匿名の中傷を流していたのは戦の情報戦、組織によるものです。

でも世の中の匿名の大半は、普段は日常生活を送りつつ、SNSなどではID、ハンドルネーム、芸名、何と呼んでもいいですが、日常生活を隠したペルソナで発信する人達です。ロミオの個人と戦の組織の中間に位置します。このボリュームゾーンへの言及が欠けていて、匿名の扱いが極端すぎるように、乱暴な表現をすれば雑と感じます。

そこに暴力性を見出すなら、匿名個人の誹謗中傷のほうが適切です。匿名個人が、茶の間のテレビに文句を言う感覚でSNSに書込む。そうやって発信された誹謗中傷を真に受けて、酷いときには対象者が自殺に至ったとして、でも誹謗中傷をSNSに書込むような人たちほどそんなことを気にしないし反省もしないでまた誰かについて同じような誹謗中傷を書くし、前に書いた内容と正反対の意見でも気にしない。考えが変わったのではなく、文句を書くことが目的になっているような状態ですね。それが大勢とは言いませんけど、それなりの数はいます。

その前提に立つと、死んだロミオを見つけて目標がなくなって倒れるトモエゴゼだけでは、役として一途すぎます。源平の対立時にはその時の支配者である平家に文句を書くけど、そのあとで都が源氏の支配になったら源氏の文句を書くような無責任なコロスがいると、もっと厚みが出たのになと思います。

もうひとつは戦争の扱い。初演では徴兵からシベリア送りまで、日本の太平洋戦争をあつかっていると思えたのですよね。今回も後半ぎりぎりまではそう考えながら観ていました。当時の日本の指導者層の無謀無策な開戦のツケを無名な兵士が払わされたと考えるなら、齟齬のない展開でした。

ただ、ラストの松たか子の長台詞、無名戦士として扱わないでください云々を聴いた瞬間に、現在進行形のロシアとウクライナに意識が向いてしまったんですよね。意見はいろいろあるでしょうが、ロシアが先に仕掛けて、ウクライナが急いで防戦した初期の展開には異論がないでしょう。そうすると、先に仕掛けたロシアはともかく、ウクライナ側は名を捨てるの拾うのと言っている場合ではない。正真正銘、生活と命を賭けて戦うことになる。そういう戦いが今まさに行なわれています。

そしてその一環で情報戦も必要になるし、それは公式(顕名)の発信だけでなく、匿名による発信も必要になる。それは自国を鼓舞し相手国を攪乱するだけでなく、周辺国を味方につけることの必要性も現代では大きいからです。

さしたる理由もなく軍隊が攻めてくることが現実にあるし、それは海を挟んだ隣国であるという現実は、戦争と言えば太平洋戦争だった多くの日本人の戦争観を変えたでしょう。少なくとも私は変えました。初演の2019年なら問題にならなかったのに、現実が3年前の想像を追越して、脚本の戦争観が古く見えてしまいました。

ここから先は独断と偏見です。野田秀樹は個人を、それも理由はどうあれ自分から動く個人を描くのが上手な人です。逆に社会問題を描くのは苦手な人です。社会問題を借景に持ちつつも最後は個人の物語に落ちるといいのですけど、最後に社会問題が全面に出てくると違和感が残ります。人種差別を扱いつつあの女の話でまとめた「赤鬼」や、原爆投下の責任問題を扱いながらミズヲとヒメ女で引張った「パンドラの鐘」は、上手くいったほうの例ですね。

ならば今回はどうか。会えない螂壬生と愁里愛がバラバラに動くので、主人公たちに向けるべき目が借景で収まってほしい戦争に向いてしまった。それは最後に抱き合うラストを引立てても、後半長く扱った戦争と捕虜の話を払拭するには至りませんでした。そこに匿名や戦争の扱い方の違和感が重なって、納得いかなかったのが今回の結論です。

繰返しますが、ロミオとジュリエットを源平の対立で置換えたことや、名を捨てたことの末路までつながる一連の流れは実によくできています。ただし、よくできていても自分の好みに合うかどうかは別の話というだけのことです。

最後に一般感想です。今回は女性陣が活躍して、広瀬すず、羽野晶紀、伊勢佳代が目を引く出来でした。松たか子も男性陣も文句はありませんが、ちょっと身体に鞭打って演技していたような印象を受けました。これだけ公演して、さらにこれから海外を含むツアーなので、一息入れて頑張ってほしいです。個別場面ではシベリアでロミオを売ろうとする小松和重の後ろ暗い感じが一等賞です。

初演では上手最前列で観たのを今回は1階センター後方で観られましたが、全体が見えたほうが美しいですね野田地図は。もともと私は全体を眺めるのが好きですけど、それを差し引いても。今回はフォーメーションに依存する演出ではありませんでしたが、白い舞台にひびのこずえの衣装が映えて、美しかったです。

なお今回はうっかり東京千秋楽が取れてしまったのですが、2回目のカーテンコールからスタンディングオベーション。5回目あたりで野田秀樹が一人で戻って収めようとしたのですが収まらず、7回目だったかな、そのくらいで野田秀樹がもう一度一人で出てきて、ようやくお開きになりました。贔屓の役者を間近で応援できるのはライブの醍醐味ですが、私は苦手ですね。もっと素直にスタンディングオベーションすればいいのに我ながら損な性分です。

2022年9月 1日 (木)

2022年9月10月のメモ

・松竹製作「九月大歌舞伎」2022/09/04-09/27@歌舞伎座:第三部の「仮名手本忠臣蔵」に仁左衛門復帰と思ったら海老蔵とセットで悩みどころ

・神奈川芸術劇場主催企画制作「夜の女たち」2022/09/09-09/19@神奈川芸術劇場ホール:新型コロナウィルスで初日延期になってこの日程です

・モチロンプロデュース「阿修羅のごとく」2022/09/09-10/02@シアタートラム:この座組なら気にならないわけがない向田邦子原作

・公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ製作「ヘンリー八世」2022/09/16-09/25@さいたま芸術劇場大ホール:新型コロナウィルスで中止になった公演のリターンマッチ

・りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館企画制作「住所まちがい」2022/09/26-10/09@世田谷パブリックシアター:白井晃の翻訳劇で小難しそうだけど役者陣には惹かれるものがある

・独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁芸術祭執行委員会主催「義経千本桜」2022/10/01-10/26@国立劇場大劇場:菊之助で通してくれるけど3部構成で1日最大2部しか上演してくれないので注意

・松竹主催「唐茄子屋」2022/10/05-11/27@平成中村座:10月と11月で演目を入替えるけど午後の部にやる宮藤官九郎脚本の「唐茄子屋」だけは2か月連続上演

・M&Oplays主催「クランク・イン!」2022/10/07-10/30@下北沢本多劇場:岩松了っぽい粗筋です

・東宝製作「エリザベート」2022/10/09-11/27@帝国劇場:余力があればミュージカルも観てみたいのでピックアップ、キャスト組合せがいろいろあるので注意

・新国立劇場主催「レオポルトシュタット」2022/10/14-10/31@新国立劇場中劇場:小川絵梨子演出でトム・ストッパードなら注目

・まつもと市民芸術館企画制作「スカパン」2022/10/26-10/30@神奈川芸術劇場大スタジオ:串田和美のスカパンは一度観ておきたいのでここがラストチャンスのつもりで

他に野田地図が09/11まで。

劇場サイトを見ていますけど、本多劇場グループのサイトが見やすくなったのがうれしいですね。各劇場のトップに公演カード一覧が載っているので、ざっと一覧を把握するが楽です。

<2022年9月18日(日)追記>

1本追加。

2022年8月20日 (土)

ラノベは現代の時代小説

このエントリーは全部思い込みで書いていますから、証拠をよこせと言われてもそんなものはありませんし、こんな反例があると言われたら知りませんでしたごめんなさい、と最初に言い訳をしておきます。

20年くらい前までは本屋にたくさん新刊の娯楽時代小説がありました。今にして思えばあれは昭和から書いて名を知られた作家の晩年の仕事でした。池波正太郎とか藤沢周平とか、井上ひさしも一部そういう小説を書いています。だいたい戦国時代から明治初期くらいを舞台にした小説です。

その人たちが亡くなって、今でも時代小説の新刊は細々と出版されていますが、明らかに種類が違います。たぶん資料収集の多寡によります。実際にあった町や家や藩を調べたうえで、それをディテールに生かした話をつくるのと、設定だけその当時にしているけど現代小説でも違和感のない話をつくるのとの差です。あとは作家本人が幼少のころに街並みや着物など江戸時代の延長の文化に接していたかにもよるでしょう。作家の祖父母世代なら江戸時代の人ですし。

ただ、どれだけディテールを書きこんでも、世話物だったり、職人や武士の修行だったり、捕物帖だったり、武家のお家騒動だったりで、話自体にそこまでパターンはありません。娯楽フィクションに徹しても忍者かチャンバラか魔物退治です。山田風太郎みたいな。社会の仕組みを問うような話よりは、パターンの中で登場人物の機微をいかに描くかが主流だった気がします。

これをひねくれた眼で見ると、娯楽小説が多かったとも言えます。趣味で読書したい人が大半ですし、それなら肩ひじ張った物語より娯楽を読みたい人のほうが多いでしょう。でも、一定数いたんですよね。娯楽小説として時代小説を読む人たちが。

その人たちは年を取って亡くなったのでしょうが、同じ国の人間の、全体的な性格が10年や20年で変わることはないです。娯楽小説を読む人たちは今も一定数いるはずで、その需要はどこで満たされているか。

新型コロナウィルスが流行って、固い物語以外にライトノベル略してラノベを紙の本でもWebでもある程度読んで、ようやく気がつきました。娯楽小説を読みたい人たちの需要のかなりの部分はラノベが満たしていました。ここに現代の作家が集まっている。集まった人数が一定の閾値を超えて、量が質を産んでいます。裾野が広いほど山は高いというやつですね。

ラノベは経済圏が出来ていて、Webで公開、人気が出たら小説出版、向いていたら漫画化またはアニメ化です。漫画やアニメは一発当たると大きいこと、脚本ひいては原作の需要が高いのと、またWebで実物が公開されて反応も読めれば人気も予測しやすいこととがあいまって、活況を呈しているのが勝手な推測です。Webで人気を博した人がプロになって最初から小説出版になることもあります。

小説が一番当たりにくいように見えますが、底堅い需要があります。そもそも新刊を出さないと出版社が困るのが一番の理由でしょうが、それでも本屋で「何万部突破」の帯を眺めた感触では、まともな質のラノベだと1巻5万冊くらい売れています。出版されるに当たってWebで公開していた小説を削除するケースもありますが、宣伝を兼ねているのかたいていはそのまま公開されています。それを見比べると、ほぼそのまま本になるケースと、本になる過程で編集して洗練されるケースと両方ありますが、Webで無料で読めるものが多いです。なのに本の小説に金を払う熱心な読者層が、全国に5万人います。

たぶんここが重要で、目利きの役割を果たすとともに、実際の金の動きを読む指標にもなっています。小説ならアマチュアからプロまで裾野の広い作家と、この5万人の熱心な読者層とがあいまって、ラノベ界が形成されています。漫画化アニメ化で原作に興味を持った層が流れ込むと、この5万が上振れします。

ついでに書くと漫画やアニメまで含めて、大げさに言うと今の娯楽フィクションの業界はルネッサンスと呼べるくらいの花盛りです。日本の人口と過去のコンテンツの集積に支えられた今がおそらくピークで、この後は人口減とともに勢いが落ちます。芝居と違って文字のコンテンツは後に残りますが、時代の雰囲気も含めて今のうちに親しんでおくのがよいです。

話はラノベに戻ります。ラノベもテンプレートと言われるような展開はいろいろありますが、舞台設定として時代小説の扱う時代は抜けています。あるのかもしれませんが、読み始めた程度では見つけられません。

「なーろっぱ」と呼ばれるドラクエ風西洋中世で剣と魔法の世界で活躍、または王族との恋愛もの。中華皇帝またはその後宮で人助けと謎解き、または皇族との恋愛もの。日本だと平安時代までさかのぼって(あやかしが出たり出なかったりして)人助けと謎解き、または有能な貴族との恋愛もの。近代日本なら大正、現代日本だと必ずあやかしが出て人助けと謎解きに加えて有能な手助けとの恋愛もの。だいたいこんな舞台設定です。日本の戦国時代から明治初期くらいまでがありません。

あれだけたくさん出ていた時代小説がなんでないのか。身近すぎて吹っ飛んだ展開が書きづらいのか、すでに散々書かれて今さら書くネタが見つからないのか、生活習慣が近代化しすぎてなーろっぱのほうがむしろ書きやすいのか。

いろいろ理由は考えられますが、おそらく一番の理由は、女性主人公またはそれに準ずる女性キャラクターを出しづらいからです。活躍させるにしても恋愛させるにしても、戦国時代や江戸時代では動かしづらい。武家だと守られる姫みたいになる。チャンバラだとくの一になる。池波正太郎の「剣客商売」には田沼意次の隠し子で剣の腕前が一流の三冬というキャラクターが出てきますが、作中(後半)では主人公の息子の嫁です。活躍する回ももちろんありますが、読者がスカッとするにはちょっと遠いポジションです。

昭和の時代小説の中にはサラリーマンの悲哀に見立てた主人公が云々、なんて書かれたものもありますが、それは昔の話。いろいろ苦労はするにしても、やっぱりラノベは主人公が活躍してナンボです。あと恋愛要素があったほうが収まりがいいし、読者もそれを期待している気配があります。だから日本が舞台の場合、平安貴族の次が大正まで飛ぶ。どれだけ荒唐無稽でも、貴族という設定で女性の活躍の舞台を担保する。現代日本であやかしが出てきたら、それはあやかしと付き合えたり退治できたりする能力で女性の活躍の舞台を担保する。その場合、資料を調べてディテールを知るよりは、フィクションを成立たせる舞台設定のほうが必要度が高いです。ディテールは質の底上げに必要不可欠ではありますが、面白さの上限を引上げるのは舞台設定やプロットやキャラクター造形など別の要素です。

脱線すると、昔の時代小説は主人公の立場に違いはあれど、主人公が自分の人生に責任を負う視点がほとんどでした。ラノベだとこれが、能力のある主人公を、別の能力と権力のある周囲が助けたりかばったりする視点になります。「同じ国の人間の、全体的な性格が10年や20年で変わることはない」と書きましたけど、性格でなく世相で言えば、ここは大幅に変わったところです。

ところで、何でも芝居に関連付けて考えるこのブログでは、ラノベが広がることで舞台の原作としての位置づけがどうなるかを考えました。

漫画アニメが原作の芝居はいろいろ上演されています。元祖はたぶん「ベルサイユのばら」ですが、最近では漫画だと「SPY×FAMILY」とかアニメで宮崎駿だと「千と千尋の神隠し」とか。ここまで大掛かりでなくとも、コアな人気の役者をキャスティングした2.5次元はいろいろ上演されています。

何本かラノベを読んで舞台化できないか考えた感想は、結構面倒です。面白いかどうか以前に、上演しやすいかどうかの壁があるからです。

・空を飛ぶ:魔法はおそらくスタッフワークでなんとかなります。空を飛ぶのも単発ならがんばれます。当たり前のように空を飛ばれると、おそらく観ていてつらい演出になります。
・食事が売り:動きが出せないし、そもそも他人の食事を眺めて面白いことはありません。「孤独のグルメ」が成功したのは無料で観られるテレビだからで、最初から映画や芝居で金を払うメディアだったらあんなに流行りませんでした。
・ものづくりがメイン:これも動きが出せません。
・人間以外の動物や魔物が出てくる:背景的な位置づけならいいですし、台詞なしで戦うなら何とかなりそうですが、大きさの違う生き物と交流があると難しいです。あと盲点なのが馬です。もとがフィクションで成立させようと頑張っている世界に、二人一組で人間が中に入った馬が出てくるとぶち壊しの恐れがあります。馬車なら馬を登場させないで済みますが、乗馬や騎馬が当たり前のように出てくると厳しいです。
・子供から大人に成長する:ずっと子供ならそういう設定だと舞台のお約束である「不振の一時的停止」で通せますが、成長して背丈が大幅に変わる場合は扱いに頭を悩ませることになります。異世界転生もので子供時代が長いとこの条件が悪いほうに効きます。
・東洋貴族設定:これは衣装や美術に金がかかるのが難点です。西洋ドレスと館のほうがまだ手慣れてやりやすいでしょう。

ほしいのは「リアリティーより説得力」なので、なーろっぱでも何でも、原作で舞台設定詰め切れていないのは構いません。が、それを芝居にしたときに最低限のリアリティーを担保するための準備は必要です。上演しやすそうなラノベもたまにありますけど、少数派です。

だから本当は最初から脚本家としても活躍する人が出てくれるのが望ましいです。池波正太郎は芝居脚本が先で小説が後、井上ひさしもストリップ劇場のコントから始まって放送作家になってから芝居脚本を書いて小説が最後です。最近だとイキウメの前川友大が漫画原作をやっていました。三谷幸喜や宮藤官九郎も芝居をやりながら放送作家を経て映像脚本家です。芝居から始めて他に広がる人はいても、他から芝居へは流入が少ないのですよね。ぱっと思いつくのはCM業界から芝居にも手を広げた山内ケンジくらいです。

パソコンとインターネット環境があれば世界のどこでも書いて発表できる小説と、人が集まって上演しないと完結しない芝居との差はあります。でも原作上演ではなくオリジナルを依頼する団体が出てきてもよいはずです。やっぱり脚本形式で上演可能であることを意識しながら2時間なり3時間なりに収めるところにハードルがあるのでしょうか。

あと、時代小説が減ったと書いてきましたが、テレビで時代劇が減ったのは何年も前から言われてきたことです。いま新作で作られている時代劇はスタッフの技を維持する目的も大きいとどこかで読みました。だから歌舞伎と大河ドラマくらいしか時代劇が作れなくなる云々。

これはまったく根拠のない推測ですが、どこかで反動が来ると予想します。あと10年か20年くらいしたら、時代小説の名手と呼ばれる書き手が彗星のように突然現れて、そこから時代劇が作られて、息を吹き返すのではないかと期待しています。本当にただの勘ですが、そんな勘を言葉にするなら、やっぱり日本人の血が根強く時代劇を求める予感があるからです。それをもっと詳しい言葉にするなら、外国でも見かけるような多様化が進むほどに反動としてルーツを求める揺り戻しであったり、科学技術が発展しすぎて理解困難なことから人力と人間関係で理解できる世界が求められたり、です。

時代小説と入替りにラノベ経済圏が花盛りですが、これが芝居にどのくらい影響を与えるのかに注目です。

2022年7月22日 (金)

新型コロナウィルス第7波の猛威

全部挙げていられないのでメモに挙げたものを7月分だけ拾ってみます。もはやコピペすら面倒なのでメモ書きです。

・松竹製作「七月大歌舞伎」2022/07/04-07/29

7月18日の第一部が中止、その後7月19日から7月23日まで全公演中止、結局7月23日以降千秋楽まで中止。

・ハイバイ「ワレワレのモロモロ2022」2022/07/07-07/10

これだけ、全公演完走しています。

・マームとジプシー「cocoon」2022/07/09-07/17

7月12日の中止、から千秋楽まで中止になりました。7月23日の長野から9月23日の北海道までツアーがあるのでそちらで待機。首都圏で観たい人は9月2日から9月4日の埼玉公演が無事に行なわれることを願いましょう。

ちなみに8月20日と21日に沖縄公演がありますけど、先ごろ中部病院が8月末まで一般外来全件お断りのアナウンスを出しました。そんなところにツアー行って大丈夫でしょうか。

しかしながら、新型コロナウィルス感染症の急激な感染者増加に伴い、当院の職員もコロナに関連した休業者が増加し、これまでどおりに救急医療を続けることが厳しくなっております。そのため、苦渋の決断ではございますが、一次救急外来と一般外来を、下記のとおり停止することに致しました。

また、当院では、重症化の低い発熱等の患者に対する新型コロナウィルス感染症のPCR検査は実施しておりませんので、ご了承ください。

皆様には大変ご不便をおかけいたしますが、医療体制がひっ迫している現状をどうかご理解いただき、ご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

一次救急外来の停止期間:令和4年7月21日(木)~8月31日(水)予定
一般外来の停止期間:令和4年7月25日(月)~8月31日(水)予定
   (予約されている方については対応いたします。)

・シス・カンパニー企画製作「ザ・ウェルキン」2022/07/07-07/31

7月21日から7月24日まで公演中止が決定していますけど、その後どうなるか。

・燐光群「ブレスレス」2022/07/15-07/31

初日から7月24日まで開幕延期中です。その後どうなるか。

・タカハ劇団「ヒトラーを画家にする話」2022/07/20-07/24

全日程中止決定です。

・野田地図「Q」2022/07/29-09/11

今のところ何もアナウンスはありません。前回の「フェイクスピア」は隙間を縫って全公演完走しましたけど、さすがに今回はどうなることやら。

ということです。7月だと観に行くならこの週末かなと考えていたのですが、観に行く芝居がありません。ここに載せていない芝居も多数中止が発表されています。こんな状況では東京に出かけるのもおっかなびっくりなので、しばらく大人しくしています。

<2022年7月26日(火)追記>

野田地図もアナウンス出ました。初日7月29日から7月31日まで3日間4公演を中止して開幕延期です。6週間強の日程だから主演級が重症化しない限りは全中止はないと思いますし、さすがにこの面子ならワクチン打って参加しているから重症化はないと信じて、様子見です。

<2022年7月26日(火)再追記>

赤坂ACTシアターで上演中のハリーポッターも本日中止になりましたが、昼の公演の開場後に中止が発表されたとYahoo!ニュースのトップに載ってました。昼の回が12時15分開演と設定されていたので、商業公演だと通常は1時間前開場ですから、昨今の感染拡大で検査結果の報告が間に合わなかったと推測します。

なお昼がこんな早い時間になっているのは、上演時間が3時間40分と長いためですね。夜の回は22時までに終わらせたい、から逆算して17時15分開場18時15分開演が最短。昼の回はカーテンコールして、客出し終わらせて、舞台を戻しつつ並行して掃除や忘れ物確認で4時間40分。それを予備を見て17時から逆算して12時15分。

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