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2025年1月13日 (月)

ポウジュ「リタの教育」シアター風姿花伝

<2025年1月12日(日)夜>

酒手ほしさに初めての社会人講座を引受けた教授。そこにやってきた美容師の女性は、何とか今の生活から抜出したいと願う。無遠慮な様子に断ろうとしたものの女性の熱意に負けて始めた講座も初めは滅茶苦茶だったが、きっかけを掴んだ女性は少しずつ勉強に目覚めていく。

旗揚公演にして2人の役者で2演目同時上演という無茶な企画の、2演目目の初日。昔観たことがあった翻訳物なのでこちらを観劇。出だしは浮ついていたもののマクベスのあたりから少しずつ乗って来て、終わってみれば役者は素直に演じていたなという感じ。

ただ、役者の出来とは別に仕上がりにどうもしっくりこない点があって、なんだろうと考えていた。

ひとつは演出で、なんだか時制が上手く出ていなかった。序盤から中盤に飛ぶところが急だったり、ラストのラストを考えると序盤でもう少し教授側に歩み寄らせるというか引張り回されるところを出してもよかったのでは。変わるリタに教授も揺さぶられて変わるかどうかが見所のひとつなので。スタッフに関するところで言えば、イギリスだから夏でも寒いのはわかるけど、教授のフランクが終始コートを持っていないのは季節感に目が届いていなかった。

もうひとつは翻訳で、教授が元詩人という設定なので、元は駄洒落というか韻を踏むような台詞が多かったように記憶している。だから翻訳で苦労していて不自然な台詞も残っていたのが以前観た時の感想。今回は不自然さを感じなかったかわりに駄洒落感はごっそり間引かれていた(「る韻(?)」だけはわからなかった、検索してもわからない)。とは言え、それで自然になったかというとまだ不自然が残っていて、具体的には序盤のリタの労働者階級らしいがさつさも抜け落ちていた。

この話はアフタートークでも出ていて、日本の訛りは地方の方言を意味することが多いけどイギリスは労働者階級とアッパークラスとで上下の言葉が違う、窮して今回は標準語(共通語)の中で「わたし」を「あたし」にするなど差をつけたと話していた。ただ悪気はなくともがさつで乱暴な言葉遣いというのもあるはずで、それは日本だと武家言葉と町人言葉とか、山の手言葉と下町言葉に該当すると思うので、小説なら銭形平次とか芝居なら歌舞伎とかからエッセンスを抽出して工夫してほしい。

上下の言葉遣いの差は現代口語演劇の発展で取残された分野ではないかとひそかに考えているので、翻訳に力を入れるユニットらしいから期待したい。

パルコ企画制作「志の輔らくご in PARCO 2025」PARCO劇場

<2025年1月12日(日)昼>

いろんな人がやって来る窓口は応対する職員も大変で「みどりの窓口」。実家の寺を継ぐつもりで故郷に戻ったものの父が元気なら自分は必要ないとわかって市役所勤めを始めた男の無鉄砲な行動力「ローマへの米」。博打に狂った左官の親方、積もった借金をきれいにしてほしいと娘が吉原に身を売ろうとするも、女将の計らいで一年の猶予をもらって大金を手にしたが「文七元結」。

新年吉例。「みどりの窓口」は聴いたことがあったけれどもやっぱり面白い。「ローマへの米」は細部はともかく実話だけれど、家に帰って検索してわかったのは故郷に戻る前の前職で、それは行動力もある人だろうなと。そしてたまに見かける話の元がこれだったかとようやく知った「文七元結」。どれもよくできている。幕間の映像だけは、笑わせようとして一部ネタを入れていたんじゃないかと思うけど、客席全員信じていたみたいなので笑うか迷った。でもパルコが2位なわけないだろうと思う。

聴き終わって、1本目はともかく2本目と3本目はいい話に寄せてきたなと感じたけれど、それは終わりに志の輔が話していた。去年1年のあれこれをどうまとめようか毎年うんうん唸ってようやく形にするのがこの1か月公演、昨今のひどい世の中を考えると何とかなってほしい。それは自分にはよくわかって、昔の世の中だってひどいことはたくさんあったけど、それだからこそそれ以上に世の中捨てたもんじゃない話もたくさんあったんだという話。昨今は下は余裕がなくて、余裕があるはずの上は狡すっからい考えが目に付いて、神も仏もあるものかと言いたくなる世の中だからこその演目選定かと。

2024年12月30日 (月)

2024年下半期決算

恒例の決算、下半期分です。

(1)坂本企画「天の光とすべての私」三鷹SCOOL

(2)新国立劇場主催「デカローグ7・8」新国立劇場小劇場

(3)東宝製作「ムーラン・ルージュ!」帝国劇場

(4)新国立劇場主催「デカローグ9・10」新国立劇場小劇場

(5)範宙遊泳「心の声など聞こえるか」東京芸術劇場シアターイースト

(6)Serialnumber「神話、夜の果ての」東京芸術劇場シアターウエスト

(7)ルックアップ企画製作「虹のかけら」有楽町よみうりホール

(8)松竹製作「八月納涼歌舞伎 第二部」歌舞伎座

(9)松竹製作「八月納涼歌舞伎 第三部 狐花」歌舞伎座

(10)KOKAMI@network「朝日のような夕日をつれて2024」紀伊国屋ホール

(11)イキウメ「奇ッ怪」東京芸術劇場シアターイースト

(12)俳優座劇場プロデュース「夜の来訪者」俳優座劇場

(13)ロデオ★座★ヘヴン「法王庁の避妊法」「劇」小劇場

(14)木ノ下歌舞伎「三人吉三廓初買」東京芸術劇場プレイハウス

(15)神奈川芸術劇場主催企画制作「リア王の悲劇」神奈川芸術劇場ホール内特設会場

(16)野田地図「正三角関係」SkyシアターMBS

(17)劇団青年座「諸国を遍歴する二人の騎士の物語」吉祥寺シアター

(18)ヨーロッパ企画「来てけつかるべき新世界」本多劇場

(19)新国立劇場主催「ピローマン」新国立劇場小劇場

(20)世田谷パブリックシアター企画制作「セツアンの善人」世田谷パブリックシアター

(21)狂言ござる乃座「70th Anniversary」国立能楽堂

(22)unrato「Silent Sky」俳優座劇場

(23)松竹製作「明治座 十一月花形歌舞伎 昼の部」明治座

(24)松竹製作「明治座 十一月花形歌舞伎 夜の部」明治座

(25)こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」紀伊國屋サザンシアター

(26)新国立劇場主催「眠れる森の美女」新国立劇場オペラパレス

(27)新国立劇場主催「テーバイ」新国立劇場小劇場

(28)世田谷パブリックシアター企画制作「ロボット」シアタートラム

(29)(30)松竹製作「朧の森に棲む鬼(松本幸四郎主演版)(尾上松也主演版)」新橋演舞場

(31)朝日新聞社/有楽町朝日ホール主催「イッセー尾形の右往沙翁劇場」有楽町朝日ホール

(32)新国立劇場主催制作「ロミオとジュリエット」新国立劇場小劇場

(33)座・高円寺企画製作「トロイメライ」座・高円寺1

(34)東宝製作「天保十二年のシェイクスピア」日生劇場

(35)シス・カンパニー企画製作「桜の園」世田谷パブリックシアター

(36)ハイバイ「」本多劇場

(37)新国立劇場主催「くるみ割り人形」新国立劇場オペラハウス

以上37本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は 338200円
  • 1本あたりの単価は 9140円

となりました。上半期の23本と合せると60本で

  • チケット総額は 504800円
  • 1本あたりの単価は 8413円

です。なお各種手数料は含まれていません。

また今シーズンは映画館での芝居映像を観ました。

(A)National Theater Live「ザ・モーティヴ&ザ・キュー

以上1本、隠し観劇はなし、すべて公式ルートで購入した結果、

  • チケット総額は 3000円
  • 1本あたりの単価は 3000円

となりました。上半期は1本も観ていませんので通年でも同じです。なおこちらも各種手数料は含まれていません。いい映像芝居でした。他にも観たかったのですが、スケジュールが合いませんでした。

1年で総額が50万円を超えましたが、歌舞伎にミュージカルにバレエといかにも単価の高い芝居を観ただけでなく、半分小劇場半分商業芝居の演目も数多く観て、それはチケット代が1万円を超えているものも多かったですから、しょうがねえやと開き直るしかありません。昨今の物価高で有名人が何人も出るような芝居ならチケット代が上がるのは覚悟していました。だから通年の単価8413円も、よく9000円を超えなかったなと安心したくらいです。それは小劇場よりも新国立劇場の芝居が多かったことが理由のひとつだと思います。主催の芝居は同じ座組で同じ規模の公演を行なうならもっと高くなるであろうところを抑えてくれるのでありがたいです。地味に偏りがちなのが難ですが。

総額や単価よりも、まとめていてびっくりしたのは本数です。下半期は疲れて体調不良で芝居を見送ったことも何度かあって、ああもう芝居を観る体力もないのかと嘆いていたのですが、これだけ観ていればそれは疲れますよね。年50本くらいの感覚でいたので、まさか今年も60本に届いているとは思いませんでした。

本数が増えたのは、かなり意識して「1度は観ておきたい、あるいはあと1度は観ておきたい」芝居を観に行ったからです。下半期で挙げると一部重なっていますが、劇場由来のものが(3)(21)、役者由来のものが(7)(21)(31)、企画や劇団や座組由来のものが(9)(14)(15)(16)(17)(19)(22)(27)(29)(30)(32)(33)、演目由来のものが(8)(10)(11)(12)(13)(18)(19)(20)(23)(24)(25)(26)(33)(34)(35)(36)(37)となります。観られたことで気が済んだ演目もいくつかありますから、その分だけ今後観る本数を減らせるだろうという考えもあったので頑張ったのですが、終わってみたら頑張りすぎました。これでも見逃した芝居が何本かあります。

寸評ですが、シリーズ最後に大人の芝居を持ってきた(4)、圧巻の戸田恵子の(7)、勘九郎月間の(8)(9)、役者の生きの良さを楽しんだ(10)、再演でパワーアップしていた(11)、翻案の妙を楽しんだ(12)、何度も上演されるだけのことはある(13)、はっきりした口跡で蘇った(14)、ベテランの掛合いが生きた(17)、笑いっぱなしの(18)、やはり観てよかった(19)、筋のわかりやすさがよかった(27)、若いっていいなの(32)、役の内面の大きさの何たるかが理解できた(33)、やっぱりよくできている(34)、古典をさすがの演出の(35)、名作を楽しんだ(36)です。

ここから絞ると(11)(13)(18)(33)(34)(35)(36)になります。さらにひと絞りすると(18)(35)(36)になって、この3本はどれを選んでも構わないレベルですが、そこに無理やり順位を付けて、緊急口コミプッシュを出したくらいの出来でなおかつ芝居初心者からベテランまであらゆる人に勧められる、という理由で(18)を下半期の1本に選びたいと思います。このくらい笑った芝居があるか考えたのですが、思い出せたのは「君となら」くらいですね、匹敵するのは。通年でも(18)を今年の1本に選びます。上半期の1本は(36)と合せて上演されているところを観たい内容でした。裾野が広ければ山高しというか、このくらいの本数を見ると本当に高いレベルの芝居が複数本混じってきます。

高いレベルの芝居と書きましたが、ここ数年の芝居は猛烈な勢いでレベルが上がっています。ひと言でいえば、役者が上手くなっている。今年観た60本で下手な役者は数えるほどしかいませんでした。

ひとつには、学生上がりの小劇場だからこそ笑わせたり変な動きをしたりこの劇団の芝居だからこのキャラでと通じていたような人たちがベテランの域に入りました。辞める人はもう辞めて、生き残った人たちばかりですから、芸達者な役者ばかりです。代表して池谷のぶえと小松和重を挙げておきますが、この人が出るならそれなりの芝居だろうと思われる領域に入ってきました。

もちろん、高い単価の芝居ばかり観ていたら上手くないと困るのですが、下半期なら(36)みたいな芝居ばかりではなく(5)(12)のような芝居でも、当たり前にこの水準の芝居をやっているという役者ばかりです。私が芝居を観始めた昔なら、そのレベルの演技ができる人が何人もいれば昔なら人気劇団となるような役者が、今ではこれくらい出来て当たり前になっています。

これは何故かと考えるに、思いついた理由は2つあります。1つは欧米の演技メソッドの情報が入手しやすくなって、また全国ではどうかわかりませんが東京ではそれなりに(有償の)クラスが開かれていて、そこで勉強した人たちが実践しまた数が増えるだけの年数が経ったこと。もう1つは現代口語演劇が生まれて30年以上経つことで、大袈裟に言えば翻訳語とも言うべき硬い日本語をねじ伏せるような台詞術を要する芝居が減って、それよりは物語と役の流れに沿った感情表現のほうが重要になってきたからではないかと考えます。

その分だけ、古典とまでは行かなくとも古風な言葉遣いの芝居に当たると役者の上手下手が出やすいのですが、そこで聴かせてくれたのが(27)で、やっぱり台詞の技術も大事だなと再認識しました。新劇由来の劇団も何本か観ましたが、そちらはそちらで、よろしく役を得ると生き生きと演技する人も多いです。とは言え、芝居の傾向が変わるに従って、活躍の場も変わります。声に感情を乗せて台詞をはっきり早く話せる役者はいいでしょうが、存在感で勝負して活舌が悪かったりゆっくりしか話せない役者には辛い時代になったと思います。

あとは子役も相変わらず上手。ミュージカルだけかと考えていたら(37)は上手が子供がたくさん出てきて驚きました。バレエこそ子供のころから始める分野なので当たり前と言われればその通りですが、まあ上手なものです。

あとは歌。私は素人耳ですし、通年での話になりますが、あれ、やっぱり上手ですよね。井上ひさしは昔、日本人にはブロードウェイのように歌えないからもう少し素朴な歌の芝居にした(大意)と話したとどこかで読んだことがあります。ですが今のミュージカルの役者は難しい歌を音楽的にこなしたうえで、そこに役の表現を乗せられる人が多いです。ここは時代の違いというか、子供のころから聴いている音楽の違いみたいなものもあるのでしょう。裏でどのくらい苦労しているのかは知りませんが、とにかく上手です。何となく、この音楽の上達で、井上ひさしの脚本のいくつかは古い過去のものとして追いやられるのではないかと予感しますが、それは余談。

だから今、面白い芝居を見極める能力のある人には目移りして困るような時代です。なのですが、芝居は水物なのは変わりません。そんな中に「この役者なら」「この演出家なら」「この演目なら」と揃う芝居が何本かあって、これはもう、1万円を超えていようが猛烈なチケット争奪戦になります。歌舞伎の仁左衛門玉三郎の揃った芝居はそれで見逃しました。日程調整にぼやぼやしていたらあっという間に売切れていた。観た中では(10)(16)(35)あたりでしょうか。特に(16)はやらかしたので大阪まで観に行くことになりました。

この(16)のやらかしには良し悪しがあって、いい面は遠征名目で旅行するのもありではないかという考えが芽生えたことです。いろいろあって近頃ほとんど旅行をしていない(その分だけ金と時間を芝居に突っ込んだ)のですが、(16)はむしろ芝居より大阪観光のほうを楽しんだので、こういうのもありじゃないかと考え始めたところです。悪い面は、この観光の結果、体力の必要性を痛感する事態になりました。これで頑張りすぎて疲れて、その後でしばらく本数を減らす原因にもなりました。

疲れを考えないといけないのは本当に大事です。というのも、この下半期にやらかしたからです。遅刻して初めの1本を見逃した(23)は、理由は書きませんでしたけど言い訳が立つからまだ構いません。問題は、チケットを取ったのに見逃した芝居があったことです。これは我ながら本当に間抜けな話で、劇場の近くまで着いて、先に食事をしてそのまま時間を調整するかと余裕をかましていたら、実は開演時間を2時間間違えて、気が付いたときにはもうほぼ終わっていたということがありました。結局、観ないで帰りました。いつもなら出掛ける前日に開演時間を確かめておくのですが、この時は予約でチケットを買っていたのに疲れていたばかりにこの程度のことすら頭から抜け落ちていた。丸々損しましたが、この1本は決算に含めていません。

このやらかしの原因は、体力低下です。新型コロナウィルス以降の運動不足が祟って今年一気に衰えました。筋トレを習慣にするのが新年の目標というくらい、本当に酷かった。そして筋トレくらい即日やればいいものを新年に先送りするくらいだから結果は目に見えている。

ただし、体力が落ちたからわかったことがあります。1つは夜の公演で眠くなることが多い。だから芝居の日程が昼シフトになることや、開演時間が前倒しの前倒しになるのも体で理解しました。チケット代の高い芝居ほど、金を持って体力のない観客を一定数以上集めないといけないので、そこに合せるのは致し方がないと実感でわかりました。

そしてもう1つ。年末の疲れのピークに当たった(33)(34)で、役の裏に隠した大きさ、役者のオーラというものを目の当たりにできたことです。これは私が元気溌剌だったらおそらく気付かなかったことです。これを出すことを役者は目指していて、これを観たい客が推しになるのだなと、今更なことに気が付きました。歌舞伎などは役者を観に行く芝居と言われていますが、それはこういうことを言うのでしょう。

ところがその歌舞伎で、今の客は役者よりも筋を観に来ると話した人がいます。仁左衛門です。たまたま新聞に載っていたのを読んだのですが、昔の観客は筋を知っていたから役者を観に来たけど、今の観客は筋を知らないからなるべく筋が伝わるように演じることを心掛けないといけない(うろ覚えの大意)とありました。さすがです。私も長らく物語主体で芝居を観ていて、役者目当てで観るようになったのはそれこそ仁左衛門の「霊験亀山鉾」からではないかというくらいな人なので、売れっ子はそこまで見ているのだなと参考になりました。

それで今年の話題ですが、上半期のことはいいとして、下半期と言うか通年で気になった芝居の話題は「2024年の公演中止のいろいろ」と題して先に書きました。新型コロナウィルス以降、世の中だいぶ普通に回るようになったと考えたのもつかの間、少子高齢化に加えて円安に物価高がハイペース進行して、昔なら余裕がないと書いたところですが、今は余力がないと書かないといけないところです。心の余裕ではなく、財布や体力や人手に余力がない。それが芝居の世界の上演する側にも、公演中止という形で出てきたのではないかと推測します。

その物価高はチケット代の上昇という形でも表れています。個人的には、世の中の物価が上がるのだから、商業演劇のチケット代が上がるのはしょうがない、上演する側が苦に考えるなら届ける熱意を物価以上に上げる方向に振ってほしいと考えます。安い芝居を観たいなら小劇場で探すべきです。その小劇場の中でも、マニアックな芝居の多かったこまばアゴラ劇場が閉館して、数年先にどう影響がでるかは注目です。ただ、今ならMitaka Next Selectionがいい感じで続いているので、年に何本も観られないという人はそこで取上げられた団体を押さえておいて、何かの機会に観に行くのがいいと考えます。商業演劇のチケット代値上がりも、誰も観られなくなったらさすがに止まるでしょう。

もっとも、そこで値上がりが止まってしまうのが芝居業界の不運で、オーバーツーリズムと言われるくらい来日観光客が多いのに、日本語で上演される芝居は外国人に敷居が高いのが辛い。それに気が付いたのはバレエを観たからです。あれは旅行客ではなく在日外国人でしょうが、言葉は気にせずにダンスと音楽だけで済みますから、あの広い劇場にそれなりに外国人の観客がいました。それが日本語の芝居だと英語のブロードウェイのようにはいかない。他にも、前に国立劇場でやっていた文楽は旅行客向けに字幕と音声を用意していました。ただしあれは古典として固まった脚本があるからあらかじめ準備期間を設けられるからできることであって、日本の芝居一般にはなかなか難しいです。海外を客としての商売できないのはこのご時世では本当につらい。だから日程で料金に差をつけるのが精一杯です。

ちなみに商業演劇と集客の話は(34)で感じたところで、これ、少なくとも東京はチケットが売切れなくて、ほぼ全日、好きな日で買えました。理由として、5年前に観られた人は満足して見送った、5年前は2月だったが今回は12月だから復活した忘年会その他の年末行事を優先した、高橋一生が出なかったので高橋一生ファンがごっそり落ちた、観たい人の予算が切れた、のどれだろうと考えていたのですが、どれでしょう。海外ミュージカルに比べればまだチケット代は落着いていた部類に入ると思うのですが、全部当てはまると言えば当てはまりそうです。

不要不急の代表(と私は認識している)舞台の世界がどういう路線を目指すのか、映像の再利用だけではまだ十分な稼ぎを出せていない世界に何か転換はあるのか、芝居自体がなくなることはないにしても興行としてどうなるかは様子見です。

とにかく何とかしないといけないのが現代で、かく言う私もその現代の1人なのですが、それはそれとして、芝居とは付かず離れずの距離を探りたいと考えています。

引続き細く長くのお付合いをよろしくお願いします。

2024年12月29日 (日)

2025年1月2月のメモ

今回はやや毛色が異なります。

・東宝製作「レ・ミゼラブル」2024/12/16-12/19プレビュー公演、2024/12/20-2025/02/20@帝国劇場:2024年から繰越の芝居ですが出来れば見たいと思ってメモに追加

・パルコ企画制作「志の輔らくご in PARCO 2025」2025/01/05-01/31@PARCO劇場:毎年吉例

・た組「ドードーが落下する」2025/01/10-01/19@神奈川芸術劇場大スタジオ:岸田戯曲賞受賞作

・serialnumber「Yes Means Yes」2025/01/10-01/20@ザ・スズナリ:取上げたもののさて観たものかと考えると相性問題で悩む1本

・俳優座劇場プロデュース「わが町」2025/01/11-01/18@俳優座劇場:好きな芝居です

・ポウジュ「リタの教育/オレアナ」2025/01/11-01/19@シアター風姿花伝:文学座の稲葉賀恵が翻訳家の一川華と立上げたユニット初演は上演回の順番に注意の2人芝居2本立てで、リタの教育はもう1度観ておきたい芝居

・桐朋学園芸術短期大学専攻科演劇専攻56期修了公演「真田風雲録」2025/01/31-02/02@座・高円寺1:1度観たい演目としてピックアップ

・ONEOR8「誕生の日」2025/01/23-02/02@ザ・スズナリ:予告文だけなら不穏な雰囲気の漂う1本

・松竹制作「猿若祭二月大歌舞伎」2025/02/02-02/25@歌舞伎座:昼の部で「きらら浮世伝」を観るか、夜の部で「文七元結」を観るか

・東京サンシャインボーイズ「蒙古が襲来」2025/02/09-03/02@PARCO劇場:チケットが取れる気がしない復活公演

・新国立劇場演劇研修所「美しい日々」2025/02/11-02/16@新国立劇場小劇場:「ロミオとジュリエット」がよかったのでピックアップ

・まつもと市民芸術館プロデュース「殿様と私」2025/02/13-02/16@まつもと市民芸術館 小ホール、2025/02/28-03/02@近鉄アート館:マキノノゾミが自分で演出するけど東京に来ないので長野と大阪でピックアップ

・大阪国際文化芸術プロジェクト「FOLKER」2025/02/14-02/23@堂島リバーフォーラム:大王の昔の脚本を大王が演出するので大阪だけどピックアップ

・タカハ劇団「他者の国」2025/02/20-02/23@本多劇場:観ればそれなりに面白いだろうけどさてどうしたものかと悩む1本

・神奈川芸術劇場プロデュース「愛と正義」 2025/02/21-03/02@神奈川芸術劇場中スタジオ:範宙遊泳の山本卓卓が脚本

・新国立劇場オペラ研修所「フィガロの結婚」2025/02/22-02/24@新国立劇場中劇場:1度観ておきたい演目なのでピックアップ

・MONO「デマゴギージャズ」2025/02/28-03/09@吉祥寺シアター:MONOの印象がよくなったのでピックアップ

・梅田芸術劇場/研音企画制作主催「昭和元禄落語心中」2025/02/28-03/22@東急シアターオーブ:漫画原作をミュージカルでどんなもんですかと悩むところですが漫画原作だから外れはないかとピックアップ

実はさらにうっかり買ってしまった隠しチケットが1枚あって、これが遠征物になるのですが、観に行ったものかどうかと悩んでいます。

2024年の公演中止のいろいろ

KUNIOの公演中止はすでに書きましたが、今年は他にもいろいろ公演中止があったので、メモしておきます。

その1。これは一部中止のケースですが、2024年2月6日-28日に帝国劇場で上演予定だった「ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド」は初日から3日間4ステージを中止して、さらに予定休日明けの土日である2月10日と11日の2日間3ステージも中止しました。これは発表が初日2日前、さらに商業演劇ど真ん中だったため新聞記事にもなり、海外からも公演を観に来る観客の話を見かけて私も驚いた記憶があります。結局チケット代だけでなく交通費に宿泊費まで負担するという珍しい返金にまでなりました。公式サイトより、初めの公演中止の経緯説明と、公演中止期間延長の説明と、2本立てで。

帝国劇場2月公演
ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』
一部公演中止に関するお詫びとお知らせ

2024年2月6日
東宝株式会社 帝国劇場

 平素より東宝演劇に格別のご愛顧を賜りまして誠にありがとうございます。

 2月4日に、弊社ホームページ及びX(旧ツイッター)において急ぎお知らせ致しましたとおり、ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』につきましては、2月6日から8日までの合計4公演を中止させていただきました。この度の公演中止は私ども東宝株式会社の本公演製作における見通しの甘さ、製作体制の不行き届きが招いた結果でございます。ご観劇を楽しみにされていたお客様をはじめすべての関係者の皆様に心より深くお詫び申し上げます。
 また、公演中止のご案内が公演日の直前となった結果、お客様に多大なご迷惑をおかけ致しましたこと、公演中止に関する当初のご説明に至らない点があり、多くのお客様にご心配、ご迷惑をおかけ致しましたことにつきましても、重ねてお詫び申し上げます。

 改めまして、今回の中止に至った経緯と、中止になった公演のチケットをご購入いただいていたお客様への対応についてご説明申し上げます。
 本作品については、弊社製作体制のもと、その複雑な演出プランに対応するための確認作業が想定以上に必要となったことなどから、稽古の進行が予定より遅れておりました。帝国劇場における舞台上での稽古開始後も、ぎりぎりまで、予定通りの初日に向けて一同で力を尽くして参りましたが、さらなる修正・見直し等が発生するなどしたことから、進行の遅れを挽回することができず、協議を重ねた結果、スタッフ・キャストの安全確保の観点からも、初日を延期し、上記4公演を中止せざるを得ないという判断に至りました。

 かかる事態は、全くもってあってはならないことであり、弊社ではその責任を重く受け止めております。

 弊社といたしましては、中止となった上記4公演のチケットをご購入いただいていたお客様に対しましては、チケット代金の払戻しのほか、ご購入時のチケット販売手数料およびシステム利用料、公演中止発表以前にご手配済の交通費および宿泊費のキャンセル料、またはキャンセルが叶わなかったお客様は上記交通費および1公演日につき1泊分の宿泊費を、弊社で負担をさせていただきます。お支払いされた金額の領収書等および中止公演回のチケットをお手元に保管頂きたくお願い申し上げます。
(後略)

 

帝国劇場2月公演
ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』
公演中止期間延長【2月10日~11日】のお知らせ

2024年2月8日
東宝株式会社 帝国劇場

平素より東宝演劇に格別のご愛顧を賜りまして誠にありがとうございます。

ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』につきまして、既にお知らせの通り、2月6日(火)~8日(木)の公演を中止とさせていただきました。

その後、2月10日からの公演実施に向けて一同鋭意舞台稽古に取り組んで参りましたが、スタッフ・キャストの安全確保に努めながらの準備に更なる時間を要し、誠に苦渋の決断ではございますが、2月10日(土)、11日(日)の3公演も中止とさせていただき、2月12日(月・祝)の公演より上演させていただきます。

ご観劇を楽しみにお待ちいただいたお客様に対しては中止期間の延長を誠に申し訳なく存じますとともに、ご案内がご観劇日の直前となりましたことにも衷心よりお詫び申し上げます。

弊社といたしましては、弊社の本公演製作の見通しの甘さ、製作体制の不行き届きにより、お客様に多大なるご迷惑をお掛けしたこの度の事態を重く受け止め、再びこのようなことを引き起こさないようその対策を徹底して参る所存です。

<中止となる公演>

・2月6日(火) 18:00開演の部
・2月7日(水) 18:00開演の部
・2月8日(木) 13:00開演の部
・2月8日(木) 18:00開演の部
・2月10日(土) 13:00開演の部
・2月10日(土) 18:00開演の部【貸切公演】
・2月11日(日) 13:00開演の部

上記公演回の入場券をお持ちのお客様につきましては、チケット代金の他、ご購入時のチケット販売手数料およびシステム利用料、公演中止発表以前にご手配済の交通費および宿泊費のキャンセル料、またはキャンセルが叶わなかったお客様は上記交通費および1公演日につき1泊分の宿泊費を、弊社で負担をさせていただきます。
また、上記公演回の入場券をお持ちのお客様につきましては、本公演の配信を無料視聴いただけるよう検討しております。
実施が決まりましたらご案内させていただきます。
なお、振替公演につきましては、鋭意調整を試みましたが、この度は残念ながら実施することが難しいとの判断に至りました。
本公演を楽しみにお待ちいただいていたお客様にはこのようなご案内となり誠に申し訳ございません。
(後略)

時期としてはその2にKUNIOの件がありましたが、それはすでに書いたので飛ばします。

その3。トリコ・Aは2025年3月14日-16日に座・高円寺で、続いて2025年3月28日-30日までロームシアター京都で上演予定だった「穴」を中止しました(発表はたしか9月10日)。これは資金難と正直に話した珍しいケースです。さらにロームシアター京都の2024年度のラインナップにも並んでいた作品らしく、半年以上前とは言え、そんな理由での中止が珍しくて覚えていました。助成金を申請していたけど通らなかったとかそんな理由でしょうか。公式サイトより。

トリコ・A演劇公演2025『穴』公演中止のお知らせ

平素よりトリコ・Aを応援いただき、誠にありがとうございます。

この度、2025年3月に上演を予定しておりましたトリコ・A演劇公演2025『穴』につきまして、全公演を中止させていただくこととなりました。上演に向けて準備を進めてまいりましたが、資金面での採算の目途が立たないことが大きな理由で、今後もトリコ・Aの活動を継続していくための決断となります。

今後の公演の時期については、改めてお知らせいたします。

楽しみにしてくださっていた皆様には、大変ご迷惑をおかけいたしますこと、心よりお詫び申し上げます。

なお、東京公演につきましては、予定しておりました公演に代わりまして、市民の皆様も対象としたワークショップを開催する予定です。こちらの詳細については、後日改めて発表いたします。

何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。


その4。一般社団法人PALは2024年11月1日-3日にアトリエ春風舎で上演予定だった「他人」を中止しました(発表は10月10日付)。直前まで進めていた別の劇場オープンによって力尽きたという珍しいケースです。劇場ホームページに載ったカンパニーからの告知より。

アートボックス卸町オープン記念公演
『他人』公演中止のお知らせとお詫び

既に大勢の方からチケット予約をいただいているアートボックス卸町オープン記念公演『他人』の公演ですが、大変申し訳ありませんが中止とさせていただくこととなりました。
先月より稽古に入り、これまで公演準備を進めてきましたが、私のこの半年間のアートボックス開設に関する作業の疲労が心身共に極致に達し、今月に入ってからは夜間の稽古にまったく集中することが出来ず、実のある稽古になりませんでした。
このままでは出演している俳優たちはもちろん、観客の皆様にも御納得いただける作品を仕上げることは出来ないと判断し、本当に慚愧に堪えませんが公演の中止を決定したしだいです。
東京より秋田に招いた北川莉那さん、この公演に全力で取り組んでいた木村麻子さん、妻である主演の大崎由利子、そしてなによりこの公演に期待を寄せてくださっていた観客の皆様に心より深くお詫び申しあげます。
アートボックス卸町のオープン記念公演第1弾、麿赤兒ソロ舞踏『Alter Ego』は満席のお客様を迎え、感動と興奮の渦の中、無事に終了いたしました。
その直後にこのようなことをお知らせしなければならないのは、本当に心苦しい限りなのですが、何卒ご理解くださいますよう伏してお願い申し上げます。

一般社団法人PAL 芸術監督
『他人』公演演出担当
山川三太

その4。PARCO劇場が自分の劇場で上演した芝居を高解像度で撮影して舞台そのままの映像を同じ劇場で上映する「パルコステージ "8K" フェス」を2024年11月8日-14日で予定していましたが、一挙5作品上映の予定がうち2作品が予定が間にあわずその2本の回は上映中止になりました(11月に入るか入らないかのころに発表)。これは中止になった「海をゆく者」を観ようとしていたので覚えています。公式サイトにちらっと載っています。

『パルコステージ "8K" フェス』上映作品変更のお知らせ

パルコステージ "8K" フェスで上映を予定しておりました5作品のうち、
「海をゆく者」と「オーランド」につきましては、上映のための準備が整わず、やむを得ず今回の上映を見送ることといたしました。
楽しみにお待ちいただいていたお客様へは大変申し訳ございませんが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

東宝の件は、長くやっているだけあってやらかしと思われる公演中止を過去にもやっているため、そちらと関係づけて避難する観客も多かったと記憶しています。ただ他は、1つ1つの理由を見れば、自分が同じ立場ならそう決断したいだろうなとわかる理由ばかりです。ですが、規模は小さいとは言うもののショーマストゴーオンの芸能界の端にいる小劇場ですらこのような理由の中止が目立ってきています。

公演中止自体は以前からあったでしょうが、それは主演の体調不良のような、中止になってもしょうがないと観客から見える理由が多かったです。台風による交通機関の影響が出た場合の公演中止はもう少し前から行なわれるようになりましたが、あれは観に行かないとチケット代が損になると考える客が交通機関の運休に巻き込まれて交通難民や宿泊難民になることを防ぐという面のほうが大きいと理解しています。裏方事情の中止を堂々と公にすることは少なかったです。

2024年は公演中止がいろいろあって、あれが舞台業界のターニングポイントだったと振返りそうな予感がありますから、備忘録として残しておきます。

新国立劇場主催「くるみ割り人形」新国立劇場オペラハウス

<2024年12月28日(土)夜>

クリスマスイブの晩に行なわれたパーティーで、少女クララは来客のドロッセルマイヤーから贈り物としてくるみ割り人形を貰う。兄が壊してしまうが、ドロッセルマイヤーに無事に直してもらう。夜遅くなってクララが寝ると、夢の中で大人になったクララが、ねずみの王が率いるねずみの兵士に襲われる中、人形の兵士がやってきて戦いが始まる。

1度くらい観ておきたいじゃないかと考えていたのでここで観劇。この曲はくるみ割り人形だったのかという気付きと、平和な話でいいなあという感想とは別に、子供のバレエチームが、メインの2人だけでなくみんな上手で驚いた。子役の分野も競争が激しいですね。大人キャストではねずみの王で踊った木下嘉人が目に付いた。大袈裟な動きの多い役どころだからかなと初めは考えたけど、観終わるとそういうわけでもなさそうで、まあ、素人の感想です。あとは演奏もよかったですねとこれも素人の感想です。

これで「白鳥の湖」「眠れる森の美女」にこの「くるみ割り人形」とチャイコフスキーの3大バレエは観られたので、今後バレエは機会があればということで。

ハイバイ「て」本多劇場

<2024年12月27日(金)昼>

祖母、両親、二男二女の家族だが、長男以外はすでに家を出ており、祖母は痴呆が進んでいる。そして祖母が亡くなった葬式の日から数日前、長女の呼掛けで久しぶりに一家が実家に揃った日に起きた家族の話。

これで5演目でしょか。私が過去に観たのは再演再々演。その時は前半と後半の再現度を極限まで高めて観客側に気付かせることに重きを置いた演出でしたが、今回は前半が次男視点、後半が母視点により寄せた演出になって、見やすさを追及していました。あと、細かいところは少しいじっている模様で、母親が携帯電話で話すエピソードは、前はあったかな、思い出せません。

その中でもこれはネタバレですけど、父親役は後半だけ岩井秀人に入替る形になっています。岩井秀人は以前は母親役を演じていましたけど、何と言うか、脚本演出家の気が済んだから今回は父親役も務めてみたのでしょうか。芝居全体に、以前観たときのようなひりひりした感じは薄れて、それよりは長男以外の3人の拙さと幼さが表に出て、母親の犠牲の大きさと長男の頑張りが認められて、父親はむしろ小さい男として描かれていました。全体に話がはっきりしており、これが今になって思い返したあの時の家族の正体だった、という演出だと受取りました。

その点、今回は母親役に小松和重を得られたのが幸いで、ああいう役にああいう演技をできるのが小劇場出身の達者な役者というもので、生々しさを減らしつつ、切実さを抽出した好演でした。そもそも下手な役者を絶対に連れて来ない岩井秀人ですが、他に長男役の大倉孝二と長女役の伊勢佳世を挙げておきます。あとはシンプルながらも土台のない柱と天井の舞台美術はさすがでした。

ごちゃごちゃ書きましたが、この芝居は小劇場ならではの可能性を体現した芝居として、現代口語演劇のひとつの到達点として、またある家族を描いた普遍的な話として、あらゆる面で完成度が高く、後世に残る1本です。体調不良が無くてチケットパズルが許されれば1週間前に観に行けていたから、年末の見納めにもう1度観に行ったでしょう。さすがに二日続けて観るには余韻が冷めやらなかった。これを書いている時点で東京千秋楽ですが、年明けからツアーがありますから上演される各地方の皆様は是非ともお見逃しのないように。

2024年12月28日 (土)

シス・カンパニー企画製作「桜の園」世田谷パブリックシアター

<2024年12月22日(日)昼>

帝政末期のロシア。先祖代々の資産を食潰しながら、なお贅沢な暮らしを続ける未亡人である伯爵夫人とその兄。地主ではあるが、借金の抵当となっている自宅の屋敷と、その周りの広大な桜の園。抵当の競売流れを防ぐために娘や領地の農奴の息子の成上り商人たちが頑張ってお膳立てして決断を促すも、当主の未亡人はなかなか思い切れずに時間ばかりが過ぎていく。

かもめ」「三人姉妹」「ワーニャ伯父さん」と続いたKERAのチェーホフシリーズの最後。本当は2020年に上演のはずが新型コロナウィルスで直前で中止が決まって、そのときは大竹しのぶ主演だったけど、今回は天海祐希に交代しての再上演。笑いを混ぜていじっても、大本が崩れないのはさすがの見極めであり、古典の強度。圧倒的にわかりやすい。

役者の選び方はさすがで、一に天海祐希の伯爵夫人。初めに出てきたときに屋敷の中を見る体で客先に向いてポーズを決めるのだけど、その瞬間でもう貴族だった。あれは周りの人も強く出られない。その分だけ、情けない部分は兄の山崎一が多めに引受けていたけれど、崩れそうで崩れない役作りはさすが。

そして成上り商人ロパーヒンの荒川良々。代々農奴の出身で決して洗練されてはいないけど、頑丈な身体で惜しみなく働いて財を築き、そこには成金とはいえ軽蔑する要素を感じさせないこと、そして周りへの親切が金になってしまう、だけど伯爵夫人一家にだけはいまでも真摯に尽くして上下関係が乗り越えられない。あの感じは、日本人である自分にとって想像と親近感が届く役作りと設定だった。その役に真摯に臨んだ荒川良々の当たり役として記憶されていい出来。

この天海祐希の伯爵夫人と荒川良々の成上り商人、二人の関係が過去最高にしっくりきた。だからこそ他をどれだけいじっても全体が崩れない。さすがだった。他にメモとして、小間使いの池谷のぶえの娘々した演技、執事でネタ多目に見えてそればかりではない役どころをこなした浅野和之、長女をド安定で演じた峯村リエ、家庭教師なのに何気に本当に手品が上手かった緒川たまき、借金をせびる隣人なのにそこまで嫌さを感じさせずに通した藤田秀世を挙げておく。ちなみに亡き息子の家庭教師の井上芳雄は、この手練れ達の前に埋没した感あり。

演出としては多数ネタを入れても本筋はきっちりしてたけど、少し今まで観たものとは違う。没落を防ぐ手を伸ばされているのに手を取れない貴族の愚かさは押さえつつも、新しい時代と生活に胸を躍らせる娘と家庭教師も馬鹿にしている感あり。天涯孤独で次の仕事に食いつこうという娘の家庭教師とか、親を捨てて自分の暮らしたい暮らしを選ぶ従僕とか、そういう脇も全体に突き放した感がある。これはいまだに言葉にできないのだけど、安定した暮らしなんてないと言わんばかりのドライな雰囲気が漂っている。

だからなのか、観終わってから打ちのめされたような気分になって、続けて観ようと考えていた芝居を取りやめてしまった。この週末は疲れていたところにまとめて芝居を観すぎて、得るところも多かったけどここが限界だった。

スタッフワークは、プロジェクションマッピングがない代わりに、壁を組合せての場面転換、あるいは壁を外して庭を見せるのが見事。いろいろ工夫があるものだと発見を新たにした。

東宝製作「天保十二年のシェイクスピア」日生劇場

<2024年12月21日(土)夜>

漁師上がりの親分が治めていた宿場。引退を考えた親分は3人の娘のうち、業突張りな上の娘たちではなく、養女だが心優しい末娘に縄張全部を譲りたいと考えていたが、お互いの思い違いから末娘は家を出ることになる。やむなく長女と次女に分けて譲ることになったが、相手を蹴落とそうとする2人のために宿場は2つの勢力にわかれてしまう。もともとこの宿場の生まれだが流れ者になって戻ってきた男が、この現状を見て、うまくのし上がってやろうと算段を働かし始める。

新型コロナウィルスで途中中止になった2020年版に近いキャストで再上演で、木場勝己が前口上を披露してから始まる。やっぱりよくできた話だなとの認識を新たにする。

前回はきじるしの王次を演じた浦井健治が佐渡の三世次に回ったけれど、ここ一番で見せてくれる役者から伝わる波動のようなものが今回はものすごくはっきり感じられて、ああこれが主役オーラかとはっきりとわかった。あれも色気の一つの形態なんでしょう。のし上がっていくことに楽しみを見出す役作りで、非常に脚本に合った役作りをしていた。それだけに前回の高橋一生の佐渡の三世次の異様さを思い出した。あれはのし上がってもまったく満たされない、ただただめちゃくちゃにしてやれという虚無の人間の役作りだった。どちらがいい悪いではなくて、ほとんど同じ座組みで上演してもそのくらい役作りは幅のある作業だということ。

ただ、「絢爛豪華 祝祭音楽劇」と銘打った割には2020年版と比べるとどことなく暗い雰囲気が付きまとって、あれは狙って演出したというよりは、飛び立とうとして飛び立ちきれなかった。もちろんシェイクスピアの悲劇がベースにあるし、登場人物はどんどん死ぬしで、酷い話ではあるけど、役者スタッフ一同が慣れて洗練されすぎたからだったかもしれない。木場勝己ですら洗練されていた。この芝居にはもう少し雑味の多い賑わいを期待したい。ただ、その分だけ花見の場面の美しさは際立っていたから悪いばかりではない。観客は勝手なものです。

座・高円寺企画製作「トロイメライ」座・高円寺1

<2024年12月21日(土)昼>

ピアニストとして名声を博したクララ。ピアノの師である父の弟子だったロベルト・シューマンとの恋と結婚生活の前半生、その終盤に出会ったブラームスに頼り頼られながら過ごした後半生を、手紙の往復とピアノ演奏で綴る。

劇場恒例になっていた「ピアノと物語」の、シライケイタによる新作。どうやらやり取りした手紙が本当にたくさん残っていたらしいが、どこまで本物かは不明。役者二人にピアニストだけど、クララは月影瞳が通して、前半はロベルト、後半はブラームスを亀田佳明が二役。結婚するまでも結婚してからも、そして亡くなってからもロベルトが大好きすぎるクララだけど、晩年になって順番は音楽が第一と自覚するのが、音楽家だなあという。

手紙の往復を読む形式だけど、役者二人は上手である以上に、役の内に込められた感情の大きさが素晴らしくて、この情熱が昔の人であり音楽家だよなという役へ感想と合せて、この内の感情の大きさを持てることが素晴らしい役者の条件だよなと気付かされる。あれならロミオとジュリエットのバルコニーの場面もできるのではないかというくらいの見事なテンションとコントロールだった。ピアノ演奏は秋山紗穂で、ピアノをねじ伏せる力強い演奏が素人のこちらにも良さがわかる好演奏。ピアノ演奏会を聴きに来たつもりでも楽しめたのではないかと感じたくらい。新作初演にして役者もピアニストも人を得られた上演と仕上がりだった。

ただ脚本については、脚本演出の本人が当日パンフに書いていたけど、当初ブラームスとのやり取りで書くつもりが、ロベルト・シューマンを出さないとクララが描けないと方針転換を余儀なくされたらしい。観た内容も含めて考えると、当初は「ピアノと物語」シリーズとして、女性にして音楽大学の初女性教授になったり、子供が戦場に兵士として出征したりしたクララに託して、もう少し啓蒙的な内容を目指していたのではないかと想像する。これが斎藤憐なら、もっとそういう要素を意図して多く取出したのではないか。その点はシライケイタがクララに負けたともいえるし、そんな小賢しい思惑など蹴散らすくらいクララのロベルト・シューマンへの愛が深かったとも言える。そして出世のきっかけを作った恩人の妻へ生涯尽くしたブラームスの、今時では流行らないかもしれないけど、あれも愛と尊敬の1つの形だった。

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